嘘も愛して
「ねぇ、お嬢さん……」
少年が声をかけようとした、その時――
感覚が敏感になっていた私はその音にいち早く気づき、その姿を捉えた。
ガラガラ……と教室のドアが開かれる。そこに堂々と現れる人影が二つ。そのうちの一つを、私は知っている。
ハイトーンのベージュカラーが似合う髪はウルフスタイルで胸まで伸びた襟足にかけて赤く染まっている。そこかしこに際立つ赤色のメッシュ。
特徴的な目は切れ長で、目尻に赤いシャドウをひいてる。瞳は透き通った栗色をしていて、顔立ちはシュッとした輪郭にどこから見ても整ってる。とにかく憎たらしいくらいに、美しい。
その言葉遣いに反して。
「ゴミのたまり場かここは」
相変わらずお口が悪い。世にいうイケメンが台無し、とまでいかないほど整っているから余計に腹が立つ。
お口の悪いイケメンさんは、教室中の視線をかっさらっているにも関わらず、冷静に教室を見渡す。そして、あるところでぴくっと眉を上げた。
制服の上にパーカーを重ね着し、袖をまくった腕には黒のインナーが見え、手の甲まで覆っている。その腕が真っ直ぐ、私に伸びる。
「こいつ、借りてくぞ」
ギョッとし、傍まで歩いてきた彼を見上げる。借りる?私何かした?この前会ってから特に何もしていないはず…いや、この前の口の利き方がかんにさわったとか…そんな言葉遣いしたかなぁ……。
なんてうーんと唸ってると、ガシッと右手首を掴まれた。
「ちょ、ちょっと」
そのまま力強く引っ張られた私の心もとない体重はすんなり重力に逆らってしまい、椅子と離れ離れになってしまう。
それを隣の席で間近で傍観していた少年が、ワンテンポ遅れてギョッとする。
「えー!新世代ルーキーの御織じゃん!なんで?なんで?お嬢さん知り合いなのー?」
興奮気味に席を立ち、まるで犬がしっぽをふってるかのように腕を胸の前にもっていき、上下に揺れている。
彼はそれを横目に一瞥したものの、すぐに視線を戻し、背中を向ける。私の手首は離さずに。
力強、痛い…
為す術もなくぐんぐん言いなりに引っ張られる右手首が勘弁してくれと悲鳴をあげている。私は耐えられず、足腰に力を入れ手首を捻って、
「離してよ」
パシッと腕を振りほどいた。