嘘も愛して
彼はピタッと動きを止め、雅に振り返る。いつもの、不敵な笑みを浮かべながら。
「はっ、仁彩、随分な嫌われ者だなぁ」
む……。開口一番皮肉を述べる意地の悪さに、さすがに言い返せずにいられない。
「なによ、茶化しに来たの、お暇なんですか?みんなの期待のルーキーさん」
ふんっとふくれっ面をした私は、はたと何も言い返してこない様子に首を傾げた。
「……」
彼を見やると、真っ直ぐこちらを無表情で見下ろしてる。無表情でも様になるイケメンが。
「な、なによ、そんな凄んでも謝らないよ」
耐えきれず付け足す。彼はずっと、ブレることなく見下ろし、ゆっくり口を開いた。
「あんたってなんで女のくせに引かないんだ」
「え?」
「女ってのは都合のいい時だけ媚び売って、悪くなったら泣いて逃げんだろ。あんたはなんで立ち向かってくる」
恐らく純粋な疑問。表情を変えることなく、真っ直ぐ見据える眼差しに、私は寸分たがわず返す。
「私は女だから守られたいなんて思わない。対等な立場で言っているだけ。君がどれだけ偉かろうと、強かろうと、私が秀でてないことにはならない」
「……」
彼は一呼吸口を紡ぐと、口角を上げ、お得意の不敵な笑みを浮かべる。
「はっ、やっぱり俺の目は冴えてやがる」
何故か上機嫌な彼。その傍らで様子を見守っていた人影が不思議そうに彼を伺う。
「空周……?」
「いるみ、この猫、逃がすんじゃねぇよ」
犬のようにご主人の様子を伺っていたいるみと呼ばれたその人は、面を食らったように目を丸くする。何を言っているのか理解ができず、否、理解などしたくないように頭をふった。
「そんな、僕は……」
「あ?なんだいるみ」
間髪入れず、鋭い刃が遮る。面を食らったその人は、バツが悪そうに主人から目を逸らした。
「い、いえ……」
この二人の関係性、なんだろう?信頼のおける友人と思っていたけど、目に見える上下関係。眉を潜める私は、はっと、注がれる視線に気づく。目の前で私を見下ろす傲慢な王様と、それに仕える召使い。そう見えてしまった。私は、下らない。召使いになんか、ならない。
キッと目に力を入れ、背の高い王様を見上げ、私は自信に満ちた声色で言う。
「この前の話だけど。私決めたよ」
その様子に一ミリも驚くことなく、むしろ満足気にしている。
「ふん、乗り気になったみたいだな、いい駒として役立てろよ」
ほんと、笑っちゃう。つい、意地の悪い笑みが出てしまう。
「いい駒?残念。私は私のやり方で勝ちに行くよ」
「あ?」
「な、頭悪いな、そんなことできるわけ……!」
「黙れいるみ」
「っ……」
目の前には絶対服従の王様がいて、その言葉一つ一つに重みがあって、現に逆らえない犬がいる。だけど、私は目の前でそれを見せつけられても、屈しないと決意を声に乗せる。
「私がここのトップになる、あのクソ男に勝つのに、君の力を借りたら、私が勝ったことにならないでしょ?」
にやり、と口角を上げる彼は、雅にすっ、と私の髪を一束すくい、
「……へぇ。潰されても文句言うなよ、仁彩」
自分の口元にもっていった。
?!私の髪に口付けしてる??
動揺を隠すためにぱっと、その手を振り払い、髪を揺らした私はそのままの勢いで、
「君が私の前に立ちはだかるなら、容赦しないよ」
強気に言い放った。
「はっ。そつか。いい、いいぞ仁彩。俺を楽しませてくれよ」
もう何を言っても面白そうに笑う彼に、これ以上言葉で勝てる気がしなくなった私はそのまま踵を返し、教室に戻る道に引き返した。
残されたふたり組が、何を話すのかなんて気にもしないで。
「いいんですか、上手く使ったら出し抜けたかもしれないのに」
「うるせぇ、生きがいい馬鹿の方が役に立つ」
「なるほど。さすが空周」