〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 宮越はそんな偏屈な連中と比べれば幾分マシではあるが、絵画界の重鎮のオーラはどうしても消せない。

『いえいえ、これは失礼しました。お飲みになられているカクテルは綾菜が作りましたか?』
『はい。アップルサンライズを堀川さんに勧めていただいて。初めて飲みましたが、美味しいですよ。それに綺麗な色ですよね』
『ええ、とても綺麗な赤色だ』

 九条に向けて柔らかく微笑んだ宮越がレモンと果物ナイフを手にした瞬間、出入り口付近のテーブルを片付けていた綾菜が血相を変えて戻って来た。

「先生、ナイフを使うのは止めてください」
『レモンが足りてないだろう。輪切りくらい私にもできるぞ』
「ダメです。先生の大事な手に傷がついたら絵画界の大損害です。レモンの輪切りなら私がやりますから貸してください」

問答無用の勢いで、宮越の右手から果物ナイフを奪い取った綾菜の言動を九条は少々大袈裟に感じた。

 カウンターの隅に置き去りにされたトレーには、使用済みの紙ナプキンのゴミやグラスが乗ったまま。几帳面な性格に思える彼女が片付けを後回しにするほど、宮越にナイフを使わせたくなかったのか?

(さっきから、何かが気持ち悪いんだよな……)

 ここに来れば答えが見つかる……そんな不確かな予感は、ここへ来てさらに曖昧なものとなった。

 20年前の殺人鬼ドラゴンフライ、切断された遺体、ドラゴンフライが犯行を止めた理由、赤トンボの折り紙、赤トンボの落款印、アップルサンライズとレモンの輪切り。

重要なキーワードがぐるぐる、ぐるぐる、廻りながら、答えはここにあると彼に警告している。

 九条が店内に滞在した時間は1時間ほど。23時の閉店時間直前にギャラリーバーを辞した彼は、綾菜の指定通り店の外で彼女を待った。

 ギャラリーバー【待宵】の周辺は民家が立ち並ぶ住宅街。人を待つにしても場所に気をつけなければ、近隣住民に不審者扱いされてしまう。
なるべく民家の玄関先や窓辺を避け、店が見える範囲の電信柱の横に陣取って綾菜を待ち続けた。

 九条も飲食店のバイト経験がある。閉店後も片付けや掃除などの雑務が残っているであろうことは予想がつき、すぐには店を出られないとわかっている。

 見上げた空は静かな月夜だった。生憎《あいにく》、月の周期を常に把握する風情な情緒を持ち合わせていない九条には、今夜の月は満月に見えた。けれど満月にしては少し欠けているようにも見える。

これが真冬の極寒だったら、さすがに勘弁したいものだが、待ち人を待つ間の秋の月見は悪くない。ほろ酔いで火照った頬に触れた夜風も気持ちよかった。
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