〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 頭の中で何かが、弾ける。急速に進む思考が掴んだ何かはしかし、目の前の女の蠱惑《こわく》な瞳によって吹き飛ばされた。

『似てるんだか似てないのか、わかんねぇな』
「何が?」
『白状するよ。初めて君を見た時、知ってる女の顔にあまりにも似ていて落ち着かなかった』
「知ってる女って、元カノ?」
『元カノですらない、片想いの女。3年も引きずってるんだ。気持ち悪いよな。酒の肴《サカナ》にして笑ってくれ』

九条の自虐に対して、綾菜は少しも笑わなかった。スクリュードライバーのグラスを傾けた彼女はそれで喉を潤すと、グラスを掴む九条の手の甲にそっと手のひらを重ねた。

「恋愛は大概が気持ち悪いものよ。正気なままじゃ恋はできないし、気持ち悪い行為をしないと子どもだって出来ない」

 九条は綾菜が描いた絵を直に見たことはない。だが、美羽画廊のSNSで見かけた“堀川綾菜”の絵画は、デジタルな画面越しでも伝わるモデルの肌感、纏う衣服の模様や髪の毛一本に至るまで細かな描き込みがされた見事なものだった。

 美羽画廊スタッフの山野の話では、綾菜は模写の技術にも長けており、師匠の宮越の作品を宮越の許可を得た上で綾菜が模写をした絵画は、本物と見分けがつかないほどの出来栄えだったと言う。

今、触れているこの手が多くの芸術作品を生み出していると思うと不思議な心地がする。

「親の前で誓いのキスをする結婚式の文化も狂ってる。外国ではキスが挨拶だけど、日本でやるから滑稽になるのよ。でもみんな結婚式で当たり前にやってる。冷静に考えてみてよ。親の前で恋人とキスができるのも狂ってるし、親や友達にキスシーンを見られるなんて気持ち悪いと思わない?」

 世間一般の女の憧れを、気持ち悪いと一刀両断する綾菜と忘れられない女が重なる。いかにも忘れられない女が言いそうな皮肉を、忘れられない女と似た顔立ちの女に言われて、くらりと視界が揺らいだ。

「人は狂わないと恋はできない。だから九条さんが気持ち悪くて当たり前」
『全然フォローになってねぇよ』

 狂うなら自分もとっくに狂っている。片想いだけだった女を3年も想い続けて、夢の中の“彼女”を抱き締めるしかできない自分は、心底どうかしている。

 最初は一杯だけ付き合うつもりだった。けれど勢いに任せて注文した二杯目に何を飲んだか、記憶が定かではない。

バーに寄ると決めた時点で、終電を逃すことになるとわかっていた。帰宅手段は渋谷のどこかでタクシーを拾うしかない。
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