〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
『金銭的に裕福な環境となった宮越さんは趣味で絵を描くようになった。あなたが十六歳の時にサキ子さんをモデルに描いた絵が【お嬢さん】の題名がついた作品でした。こちらは日本橋の画廊に所蔵してある宮越さんの初期作品を集めた画集を、失礼を承知で撮影させていただいたものです』

 九条のスマートフォンの画面に一枚の絵画が現れる。日本橋の画廊を訪れた南田が、画廊の許可を得て撮影してきた宮越の画集のとあるページだ。

 描かれた場所は和室。裸体に浴衣を羽織った若い女性が、窓辺に寄りかかって座っている。女の年の頃は二十歳前後。

浴衣からはだけた胸元は控えめに膨らみ、胸の中心部は長い黒髪に覆われて見えない。紅色に染まった細面《ほそおもて》の頬、憂いを含んだ奥二重の瞳が障子窓の向こうを見つめていた。

 女の首周りや胸の谷間といった浴衣から見え隠れする白い肌は、頬と同じく薄紅色に蒸気しており、背後にある情事の後を彷彿とさせる布団の乱れもシワのより具合まで緻密に描き込まれていた。

 【お嬢さん】と題されたこの女性画について南田に解説した画廊スタッフによれば、この絵画には女と少女の狭間、処女と処女喪失の狭間、刹那的な色気と狂気、それらを内包した、宮越晃成の初期作品の中でも最高傑作と名高い作品のようだ。

『【お嬢さん】の絵には様々な憶測が流れていた。あなたと【お嬢さん】であるサキ子さんの関係性、この絵が【お嬢さん】の処女喪失を描いたならば、相手は当時十代だった宮越さんであるとか。けれどあなたにとっての【お嬢さん】だったサキ子さんは、恋人と駆け落ちした。彼女の消息は現在も不明のままだ』

宮越の従姉でもあり義理の姉でもある宮越サキ子は、【お嬢さん】の絵が完成した直後に家を出た。このことは後に出版された宮越の自叙伝で明かされている。

『以降にあなたが描く人物画のモデルが、どれもサキ子さんと容姿が似通った女性であることは、あなたのファンの間では有名な話だそうです。あなたはいつまでもサキ子さんに恋い焦がれ、サキ子さんに似た女性をモデルに絵を描くことで叶わなかった恋心を昇華しようとした』

 三木露風も世話をしてくれた姐やに淡い恋心を秘めていた。露風の“姐や”は彼女が数えで十五の時に嫁に行き、宮越の“お嬢さん”は二十歳で男と駆け落ちした。
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