〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
既視感の正体に気付いた途端、身体中に走った悪寒とおぞましさは今も忘れられない。
『20年前の事件当時、あなたの女性画と被害者達の容姿の酷似に誰も気が付かなかった理由が、ここに来てわかりました。あの絵画達はどれも個人の所有物ですよね。個人所有になった絵画を所有者以外が目にする機会は少ない。20年前は、まだSNSで画家の絵を鑑賞できる時代でもなかった』
1999年から2001年と言えば、携帯電話も通話とメール機能のみの時代だ。インターネット環境もさほど整ってはいない。
絵画を鑑賞するには美術館か画廊に出向くしかない。画廊や画家が作品のデータをSNSに載せ、誰もが手頃に芸術を鑑賞できる環境となったのは、スマートフォンやSNSサービスが発展した現代ならではだ。
『美術界の巨匠と呼ばれる宮越さんを前にして申し訳ない話ですが、芸術に嗜《たしな》みのない人間にとっては、画家の認知度はそれほど高くありません。当時の新聞やテレビで被害者の顔写真が公開されても、その女性が宮越晃成という画家が描いた女性画のモデルと似ていると気付く人は少数でしょう。あなたのファンの中には被害者と宮越さんの絵の共通点に気付いた人もいたかもしれませんが、あなたの才能を失うことを恐れて黙していたかもしれません』
売却され個人所有になった作品達は当然、所有者だけの鑑賞物となり第三者の目には触れない。
絵の所有者によって、絵の存在と共に真実は秘匿される。
だから当時の捜査本部の刑事達も、宮越の女性画に秘められた真相に誰も気付けなかった。
コーヒーを淹れるための湯はとっくに沸いている。けれど綾菜は宮越の側を離れない。
飼い主を守る忠実な番犬のように、彼女は九条を睨み付けていた。
『被害者の女性と私の絵のモデルが似ているだけでは、私が殺した証拠にはならない。そんなことで疑われては……』
『確かにそうです。証拠を探そうにもなにせ20年前のことですから、こちらも苦戦しましたよ。でも20年前の事件と二階堂さんの殺人事件には、ある共通点がありました。警察は20年前の連続殺人犯の通称をドラゴンフライと名付けた。その理由は切断した死体に添えた赤とんぼの折り紙でした』
九条はスマートフォンの画面を切り替えた。新たに画面に映し出された写真は血まみれの赤とんぼ。
『二階堂さんの遺体が入っていたポリ袋の中にこれが一緒に入っていました。この折り方は鶴や鳩ではなく、蜻蛉《トンボ》ですが、ドラゴンフライが残した赤とんぼと折り方が同じなんです。赤の折り紙で折られたトンボ……宮越さんが作品に押す落款印と同じモチーフです』
悠然とした態度を崩さなかった宮越の表情が曇った。ああ、そうか、と九条は内心でひとりごちる。
『20年前の事件当時、あなたの女性画と被害者達の容姿の酷似に誰も気が付かなかった理由が、ここに来てわかりました。あの絵画達はどれも個人の所有物ですよね。個人所有になった絵画を所有者以外が目にする機会は少ない。20年前は、まだSNSで画家の絵を鑑賞できる時代でもなかった』
1999年から2001年と言えば、携帯電話も通話とメール機能のみの時代だ。インターネット環境もさほど整ってはいない。
絵画を鑑賞するには美術館か画廊に出向くしかない。画廊や画家が作品のデータをSNSに載せ、誰もが手頃に芸術を鑑賞できる環境となったのは、スマートフォンやSNSサービスが発展した現代ならではだ。
『美術界の巨匠と呼ばれる宮越さんを前にして申し訳ない話ですが、芸術に嗜《たしな》みのない人間にとっては、画家の認知度はそれほど高くありません。当時の新聞やテレビで被害者の顔写真が公開されても、その女性が宮越晃成という画家が描いた女性画のモデルと似ていると気付く人は少数でしょう。あなたのファンの中には被害者と宮越さんの絵の共通点に気付いた人もいたかもしれませんが、あなたの才能を失うことを恐れて黙していたかもしれません』
売却され個人所有になった作品達は当然、所有者だけの鑑賞物となり第三者の目には触れない。
絵の所有者によって、絵の存在と共に真実は秘匿される。
だから当時の捜査本部の刑事達も、宮越の女性画に秘められた真相に誰も気付けなかった。
コーヒーを淹れるための湯はとっくに沸いている。けれど綾菜は宮越の側を離れない。
飼い主を守る忠実な番犬のように、彼女は九条を睨み付けていた。
『被害者の女性と私の絵のモデルが似ているだけでは、私が殺した証拠にはならない。そんなことで疑われては……』
『確かにそうです。証拠を探そうにもなにせ20年前のことですから、こちらも苦戦しましたよ。でも20年前の事件と二階堂さんの殺人事件には、ある共通点がありました。警察は20年前の連続殺人犯の通称をドラゴンフライと名付けた。その理由は切断した死体に添えた赤とんぼの折り紙でした』
九条はスマートフォンの画面を切り替えた。新たに画面に映し出された写真は血まみれの赤とんぼ。
『二階堂さんの遺体が入っていたポリ袋の中にこれが一緒に入っていました。この折り方は鶴や鳩ではなく、蜻蛉《トンボ》ですが、ドラゴンフライが残した赤とんぼと折り方が同じなんです。赤の折り紙で折られたトンボ……宮越さんが作品に押す落款印と同じモチーフです』
悠然とした態度を崩さなかった宮越の表情が曇った。ああ、そうか、と九条は内心でひとりごちる。