〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 困惑した宮越の表情から察するに、彼はこの事実を知らなかった。赤とんぼを二階堂の遺体に添えた人間は、宮越ではない。

『二階堂さんを殺した犯人は宮越さん、あなたですよね?』
「待って。どうして先生が二階堂さんを殺す必要があるの? 動機は? 二階堂さんを嫌っていた私はともかく、先生はあの人のことなんて気にもしていなかったのよ」

番犬が今にも噛みつく勢いで牙を向く。また、堀川綾菜という女の性質がわからなくなった。
彼女が本当に守りたいものは何か。九条と綾菜はきっと永遠に理解し合えない。

『今から話すことは俺の仮説です。もし違うのなら、お二人とも俺を笑ってもらって構いません。……現在の宮越さん名義の新作は堀川さんが描いているのではありませんか?』
「何を根拠に……」

 呆れた顔で笑い飛ばされるかと思えば、九条の予想に反して綾菜と宮越、双方の瞳に動揺の揺らぎが見えた。殺人犯として名指しされても微笑を絶やさなかった宮越も、今は笑う余裕もないらしい。

『3年前に脳梗塞を患った宮越さんは、左半身に後遺症が残った。今もあなたは左足を引きずって歩いている。運転免許も返納されていますよね。さらに手術前の宮越さんの利き手は左手だった。後遺症を負った利き手で、長時間絵筆を握ることはリハビリを続けていても難しい。でもあなたは今も新作を描いている。スペインから帰国後は風景画しか描かなくなったそうですが……』

 自分だけのファム・ファタールを捜し求める宮越は初期の代表作【お嬢さん】を筆頭に、写実的な女性画を描き続けていた。

だが、彼はスペインから帰国後は画風の方向性を変えた。この数年の宮越の新作は風景画が多く、脳梗塞の手術以降はその傾向が顕著となった。

『脳梗塞の手術を担当した主治医に確認しました。宮越さんは脳梗塞の術後から発症した3型2色覚、青色盲と呼ばれる色盲を患った。宮越さんの眼は、青色を感じる機能が欠如した状態になってしまったんだ』

 3型2色覚は赤と緑は感じるが、青や黄色を感じない色覚異常のこと。旧称で青色盲、青黄色盲と呼ばれた。

青色を失った3型2色覚の視界では、今朝の空のような青はくすんだ緑色に、紫系統は黒や茶色、オレンジ系統の色は赤系統の色に見えてしまう。
宮越の目では果物のオレンジとリンゴも似た色にしか見えないのだろう。

『先日、俺が客として来店した時に飲んでいたカクテルはアップルサンライズです。あれはオレンジ色のカクテルなんですよ。だけど宮越さんは俺のカクテルを見て、“とても綺麗な赤色”と口にしました』
「そんなの、照明の加減でオレンジ色を赤と見間違えかもしれないじゃない」
『飾ってある絵の鑑賞の妨げにならないように従来のバーよりも照明を明るくしているんだろ? 照明の加減でオレンジが赤に見えるなんて、苦しい言い訳だな。色盲の件は病院に問い合わせればわかることだ』

 画家を生業とする宮越が色を見間違えるとは思えない。見間違えたのではなく、青色盲の宮越にはカクテルの色は赤色にしか見えなかったのだ。
< 43 / 53 >

この作品をシェア

pagetop