〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
『バーの経営者でありながらも宮越さんは酒に詳しくないと、君が俺に言ったんだ。酒に疎い宮越さんはアップルサンライズの名前からリンゴの赤を連想した。だから俺が飲んでいたカクテルを赤色だと思い込んだが、アップルサンライズはオレンジジュースを使う。どうしたって、宮越さんが言った“綺麗な赤色”には見えない』

 あの夜、【待宵】で交わした宮越とのやりとりで九条は宮越の言動に引っ掛かりを覚えた。

心に生じた気持ち悪さの答えは、綾菜と共に渋谷のバーで飲んだアメリカンレモネードの赤ワインが教えてくれた。九条の目には正しく見えていた酒の色が、宮越には見えなかった事実を。

『殺される数日前、二階堂さんは馴染みの画商に漏らしていたんだ。“日本の美術界にとって重大なスキャンダルとなり得る事実を掴んだ”って。美術界の巨匠の新作が、本当は弟子がゴーストとなって代わりに描いていたものだったとすれば。芸術業界のことは俺にはよくわからないが、きっと大変なスキャンダルになるんだろう』

 巧みな色使いに定評があった宮越は、青色盲によって色の判別がつかなくなった。後遺症を負った利き手で長時間絵筆を握ることも難しい。

それでも宮越は新作を求められる。美術界の巨匠と謳《うた》われた彼は“宮越晃成の絵”を生み出さなければならない。

 脳梗塞の罹患《りかん》は彼が勤務していた芸大関係者や美術業界の者には周知だ。しかし目に見える左半身の後遺症はともかく、その後に患った色盲についてはトップシークレット扱い。
画商も宮越のファンも、現在の宮越がまさか絵を描けない状態にあるとは知る由もない。

『絵を描けないのに、周りは新作を期待する。その重圧が堀川さんを宮越さんのゴーストに仕立て上げてしまった。美羽画廊の山野さんが言っていました。最近の堀川さんの絵が宮越さんに寄り過ぎていると二階堂さんが指摘していた、と。二階堂さんは、宮越さん名義の絵を堀川さんが代わりに描いていることに気付いたんだ』

 二階堂が手に入れたスキャンダルが宮越と綾菜のゴースト関係のことならば、宮越には二階堂を殺害する動機が成立する。
宮越にもプライドがある。宮越と綾菜が秘めた絵の真実は何が何でも隠したかったはずだ。

『二階堂さんは10月9日の昼頃まで堀川さんの個展を観るために大阪にいた。その後、彼は東京へ戻り、9日の夜は銀座のクラブにいたことが確認されています』

 二階堂が9日の夜に銀座の高級クラブで豪遊していた事実は昨夜になって判明した。店の防犯カメラにも二階堂の姿が映っている。

『10月10日、二階堂さんはここを訪れた。スキャンダルをネタに宮越さんを強請《ゆす》ろうとしたのか、宮越さんと二階堂さんの間にどんなやり取りがあったのかは想像で補うしかありませんが、結果として宮越さんは二階堂さんを殺してしまった』

 殺害は左利きの人間の犯行だ。左手に後遺症の残る宮越が右手ではなく、咄嗟に本来の利き手である左手を使ってしまったのも、殺害が計画的犯行ではなく突発的な犯行だったことを示している。
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