〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 不自由な左手で放たれた最初の一撃は、二階堂を床に倒せはしても命を奪うには威力が弱かった。
宮越は今度は両手で凶器を構え直し、二階堂の後頭部めがけて渾身の力で凶器を振り下ろした。

致命傷が最初に殴打された側頭部ではなく後頭部の傷だったのは、そのためだ。

「先生が犯人であるはずがない。手に後遺症のある先生が、どうやって二階堂さんの死体をバラバラにしたのよ? 先生には絶対に無理なことよ」
『ああ、そうだ。利き手に後遺症が残る宮越さんに死体の切断は難しい。宮越さんが右手でレモンを切ろうとした時も、君は必死で止めていた。“先生の大事な手に傷がついたら絵画界の大損害です”とか言って』

 あの時は大袈裟なだけだと思ったが、利き手ではない手でのナイフの扱いは確かに危険だ。果物を切ることもままならない宮越には死体の切断など不可能だった。……宮越には。

『だから切断は君がやったんだろう? 大阪から帰ってきてすぐに』

 死体の切断は宮越晃成には不可能でも、堀川綾菜には可能だった。正確な死亡推定時刻の割り出しは難しいが、9日夜までの二階堂の生存は確認できている。

犯行日は10日。綾菜はまだ大阪にいたが、11日に帰京した彼女は宮越と二階堂の間に何が起きたかを悟った。

『君がいつ、20年前の宮越さんの犯行を知ったかはわからないが、彼の犯行と思想をトレースできる人間は君しかいない』

 犯行現場はギャラリーバーかアトリエのどちらか。車の運転ができない宮越は二階堂の死体をここから動かせない。

綾菜が帰宅した時、二階堂の死体はまだここにあったのだ。殺人を犯した師匠を前にした綾菜はどうするか……。

『アトリエにシャワーがあるって言っていたよな。切断場所がアトリエの風呂場なら、調べればルミノール反応でわかる。切断に使用した凶器は愛用の電動ノコギリ……。違うか?』

 解剖医の早瀬の所見によると20年前のドラゴンフライにも、二階堂の死体を切断した犯人にも解剖学の知識があった。

美術系の学校ではカリキュラムに美術解剖学が含まれている。画家の宮越と綾菜にも、解剖学の基礎知識は備わっているだろう。

『堀川綾菜。君には死体損壊と死体遺棄の疑いがかかっている。宮越さんと共に、君にも任意の事情聴取を要請したい。自分と宮越さんが潔白だと主張するなら、風呂場やアトリエを調べられても問題ないだろう?』
「……そうね。浴室を調べられたら困るわねぇ。だってあそこであの男をバラバラに解体したんだもの」

 薄笑いを浮かべる綾菜は、服のポケットから折り畳み式の果物ナイフを取り出した。厨房にあった果物ナイフをポケットに忍ばせたのだろう。
鋭利な刃先が真っ直ぐ九条に向けられる。しかしその程度で九条は動じない。
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