〜Midnight Eden Sequel〜【Blue Hour】
 遺棄現場の杉並区和泉は綾菜が3年前まで住んでいた町だ。杉並区和泉の可燃ゴミ収集日は水曜日。
綾菜が組み立てたロジックでは、死体の処理は水曜朝に間に合う計算だった。

 杉並区推奨の黄色いゴミ袋は世田谷区への引っ越しで不要となり、自宅のクローゼットに未開封のまま眠っていた。綾菜は切断した身体をゴミ袋に詰め、水曜の早朝に杉並区のゴミ集積場に遺棄した。

遺棄に利用した車はギャラリーバーの敷地に停まる綾菜のセダン。調べれば何らかの物証が出てくるだろう。
以上が、杉並バラバラ殺人事件の真相だ。

 取り調べ室で向き合う九条と綾菜に笑顔はない。できれば、こんな場所でこんな形で、彼女と相まみえたくなかった。

『宮越さんの罪を隠すためにどうしてそこまでするのか、俺には理解ができない』

 目の前にいるのは“忘れられない女”とよく似た顔の、別の女。
当たり前だが、彼女と綾菜は根本がまるで違う。たぶん綾菜の方が要領がよく、ずる賢い。

「画家ってね、作品が売れないと死人も同然なの。存在をないものとされる。大学を卒業してしばらくは、収入もなくて生活も苦しかった。毎日毎日、売れ残った絵と心中してる気持ちだった。創作活動も生活も八方塞がりになった私を先生はあそこに住まわせて、アトリエも用意してくれた。先生も脳梗塞の手術を終えて退院したばかりで、生活のサポートをしてくれる人が必要だったから、ギブアンドテイクってわけ」

 傍目には綾菜の画家人生は順風満帆で華やかな生活を送れているように見える。しかしそれは見かけだけの、ハリボテの華。

 彼女の作品が掲載された画廊のSNSや美術系サイトをよく見れば、画家・堀川綾菜の紹介文は〈美人画家、美貌のアーティスト〉などの、容姿をもてはやすフレーズで飾り立てられている。

人々の関心は綾菜の人目を惹く容姿であって、彼女が生み出す作品ではない。綾菜がそれを嘆けば、ないものねだりと批判される。
画家としての実力より容姿が目立ってしまっても注目されるだけマシだと、僻《ねた》む人間もいただろう。

「先生は私にも色盲を隠していたけど、一緒に生活していてすぐに気付いた。先生はもう絵が描けない。でも新作の要求は山のように来る。……だから私が宮越晃成として代わりに描いた。私と先生のタッチは似ているし、模写は得意分野だったから予想以上に上手く仕上がった。画商もコレクターも誰も、本当の作者に気付かないのよ。可笑しくて笑えるでしょ?」

 目の肥えた画商とコレクターが気が付かなかった“現在の宮越晃成の絵画”の本当の作者に気付いた唯一の存在が、二階堂だ。
< 48 / 53 >

この作品をシェア

pagetop