ハイスペ上司の好きなひと



「それは嫌だ」

「会社の中だけだよ?手繋ぐのはせめて最寄り駅までにするとか」

「会社公認の仲なんだから別にいいだろ」

「けど…」

「紫が隣にいて触れられねえってどんな拷問だ」

「……えっと…」


どこまでも甘えたらしい恋人は、何を言ってもイヤだと首を振る。お手上げだと困り顔をすれば、航輝は少しだけ眉を下げた。


「…紫は、嫌だったのか?」


珍しく見せるその顔に紫は目を丸くした後、穏やかに笑った。


「…私は、航くんがしてくれること全部嬉しいよ」

「そうか…」


あからさまにホッとした顔をする航輝に、紫は思わずキュンとする。


「けど、仕事のときの真剣な顔した航くんはもっと素敵だから、それも見てみたいな」

「……」


紫の言葉に航輝はぐっと口をつぐむ。そして少しして、小さく笑った。


「…紫は本当に、俺を転がすのが上手いな」

「航くんだって。出会った時から私は振り回されてばっかりだよ」

「…そうか」


呟くように言った航輝はふと視線を落とす。そして膝に置かれていた紫の左手を取り、指にチュッとキスをした。


「ならずっと、そのまま隣で俺だけを見ててくれ」


航輝の甘い視線に、それだけで溶かされたような感覚に陥る。例え愛情が少し重くても、自分を見てもらえなかった日々、彼の報われなかった長い年月を思えばそれも幸せに思えた。

紫がゆっくりと頷くと、航輝もまた幸せそうに破顔する。

愛を誓い合った指はゆっくり絡み合い、互いに肩を寄せ合いそれを見つめる。


甘い夜は、そうして静かに更けていった。


< 240 / 244 >

この作品をシェア

pagetop