乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます
「さて、会議を始めようか」
ツジノカさんの声が、柔らかな白の空間に静かに染み渡った。
もこもことした羊毛のようなものが漂うその場で、私と時成さんを正面に、トキノワの皆が半円を作るように腰を下ろしている。
この空間、この景色は…以前体験した…これは、ツジノカさんの能力だ。
頭が結論づけたと同時に困惑する。
これだけの人数の夢を繋げることなんて、前はできなかったはず……。それに、そもそもここは鼠の精神世界だったのに、何故ツジノカさんが乗っ取っているのか…何故そんなことができているのか…。
相変わらずこの人の能力はチートがすぎるけど、なんだかそれだけじゃないような…。
「これが俺の最後の力となるだろうからな。尽き果てるまで使うことにする」
「思う存分話し合え。」そう言ってツジノカさんはその場に座りこんだ。
その顔色を見て、先ほどの違和感の正体がわかった気がした。その青白い顔が物語るのは、ツジノカさんがこれを最後と決めたであろう覚悟だった。
おそらくツジノカさんはもう、能力を使うことはできなくなるだろう…。
それどころか、命まで削る必要があるのかもしれない。
止めたい衝動を私は必死に飲み込んだ。代わりに胸の中でツジノカさんに頭を下げる。
ありがとうございますツジノカさん。おかげで皆に伝える機会ができました…。
白い鼠が何を考えていようとも、時成さんが何を言おうとも私には譲れないことがある。いまこの場を借りて、私は皆にそれを伝えよう。
皆もきっと納得してくれる。
私が望むのは、トキノワの皆の未来と時成さんの幸せなのだから。
ゆっくりと深呼吸をひとつして一歩前にでれば、視界いっぱいに皆の表情が映り込んだ。
さて、なにから説明しようか…。
冷静にこの状況を理解している人も何人かいるけど、困惑した顔の方が多い。トビさんやイクマ君に至ってはまだ寝ていたのだろう、寝ぼけているのか、目も半開きだ。
ツジノカさんの体調も考えると、ゆっくり説明する時間はない…。
そう判断して、と口を開こうとしたそのときだった…。
ガシリ。
力強い感触が、両肩を掴んだ。
反射的に視線を落とすと、そこにはぐしゃぐしゃに歪んだ泣き顔のナズナさんがいた。
「っ由羅てめぇ…!!よくも、勝手に死にやがったな!!」
泣き腫らした赤い瞳が、兎みたいだ…。なんて。詰め寄ってきたナズナさんを見て思う。
痛いほどに強く肩を掴むナズナさんのその手は、小さく震えていて…、それだけで、どれほどナズナさんを悲しませ、苦しませたのかが、嫌というほど伝わってきた…。
「距離は、保てよナズナ」
「あ?」
ツジノカさんの低い声が落ちた直後、白いもこもことしたものがナズナさんの身体を絡め取り、そのまま、元いた場所へ引きずり戻されていった。
「ざけんなツジノカ!くそっ、離せ!!」
「ツジノカさん、恩にきるよ。たとえ夢の中でも、由羅ちゃんに、また会えた…。」
「夢、なんでしょうかこれは…。由羅さん…っ」
暴れるナズナさんの隣で、私を見つめるのはゲンナイさんとサダネさんだった。
視線が合った途端、二人の頬に涙が伝う。
どうやら、ここを夢の中と勘違いしているらしい…。ツジノカさんの夢の中ではあるから、間違いではないのかもしれないけれど…。
「ぉい、ぅおい!状況が見えねぇぞ。説明しろぃ!」
「ゆ、ゆ、由羅ちゃんが、し、死んだってどういうこと~!?」
「兄上様っ!」
トビさんが勢いよく立ち上がり、続けざまにナス子さんとシオ君が声を上げる。
場が混乱に陥る手前、これはまずいと私は焦る。
皆のリアクションは当然なのだけれど、このままだと皆と話す時間がなくなるかもしれない…!
焦りながらもツジノカさんの顔色を確認した時、時成さんの肩から、ぴょんと白い鼠が飛び降り、皆の前へとトコトコ歩いていくのが傍目に入る。
『皆、言いたいことも聞きたいこともあるだろう。しかし、時は無限ではなく…。羊の能力もこの私の能力も、猶予は少ない。故に早急に事を進めたい』
「なんっすかこの鼠」
「慎みたまえイクマ。おそらく彼は僕らの代表だよ」
突然の喋る鼠の存在に驚くイクマくんの隣で、キトワさんはいつになく真剣な表情を浮かべツジノカさんへと視線を動かした。
「たしかに、猶予はないな…。」
呟いたツジノカさんの顔色が先ほどよりも悪く、キトワさんが心配気に眉を寄せた。
鼠はその小さな両手を広げ、皆を見渡す。そして淡々と問いを投げかけた…。
『選択肢は、二つある』
「……選択肢?」
『今、由羅にはこの世界へと繋がる肉体がなく、時成には軸となる魂がない』
『それらは、根源である“光”を猫魔に与えたせいだ』
『だが、猫魔とともに完全に消滅してしまった光を、取り戻すことはもうできない』
鼠の声は冷静で、感情の起伏を一切含まない。
『このままでは、二人とも無へと帰してしまう』
『しかし、僕の力では……どちらをも救うことはできない』
「ちょっと、待てよ」
「全然、話についていけないんだけど……」
戸惑いと困惑が重なり合う中、アネモネさんが静かに口を開いた。
「……つまり、由羅姫と時成殿の、どちらを生かすか。
選べということか?」
その言葉が落ちた瞬間、場はしん、と凍りついた。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
私は眉を下げる。
こんなにも残酷な選択があるだろうか。
どうやらこの鼠に、人の心の機微を理解させるには、まだ、あまりにも時間が足りないらしい……。
どちらかを選べだなんて…。そんな重荷を、皆に背負わせるわけにはいかない。
ナズナさんや鼠に遮られてしまったけれど、今度こそ、ちゃんと伝えよう。
そして、きちんと別れを告げればいい。それで、すべては終わる。
先ほどから一言も発さず、沈黙を守っている時成さんを横目でうかがう。
そのまま皆へと視線を巡らせ、私は口を開いた。
——その瞬間だった。
「キトワ」
時成さんが低く名を呼ぶ。
それに応えるように「はっ」と短い声が上がり、次の瞬間、私の口は布のようなもので塞がれていた。
いつの間に――。
驚きに目を見開いたまま、布の先を辿って視線を動かすと、それはキトワさんの手から伸びている。
声を奪われた原因が誰か、理解した途端、私は思わず時成さんをぎろりと睨みつけた。
まるで、私が伝えようとする言葉をすべて見透かしたかのような手際の良さに、腹の底から苛立ちが込み上げた。
そもそも、ずるいのだ。鼠さんと時成さんは、どう考えても最初から完全にぐるではないか。
だからこそ私は、皆を味方につけようとしていたのに。
その機会すら与えず、口を封じるなんて反則にもほどがある。
しかも、一番命令に忠実で、容赦など知らないキトワさんを使ってくるあたりがまたずるくて、余計に腹が立つ。
ダメ元で、せめて布を離してほしいとキトワさんに視線で訴えてみる。
私の必死な眼差しなど意にも介さず、キトワさんはただにっこりと笑みを浮かべるだけだった。
脱力していれば、再び鼠が口を開いた。
『悩んでいる時間はない。二つの選択肢の、どちらかを今すぐ決めてくれ』
「……選べるわけがない」
誰かの呟きが、静かに落ちる。
そりゃそうだよ。
いい加減にしてくださいよ。
『選択肢は二つ』
淡々と、鼠は続ける。
『このまま、どちらかだけを救うか』
『それとも、二人ともを救うために、皆の一部を差し出すか』
その言葉に、どこからか呆れたような溜め息が漏れた。
同時に場の空気が、ふっと軽くなる。
まさか、と思った瞬間、息を呑んだ。
「いくらでも、持っていけ」
両手を広げ、優しく笑ったのはゲンナイさんだった。
それに呼応するように、皆が柔らかな表情を浮かべる。
私は焦った。違うよ…なんで…!
『愚問だったようだね』
くすり、と鼠が笑う。
どうやら私は考えを改める必要があるらしい。
この鼠は思っていたよりもずっと、人間の機微を理解している。
でもちょっと待ってよ
それって一体どうなるってことでしょうか
私と同じように動揺しているのか。
時成さんの瞳も僅かに揺れていて、これが鼠の独断なのだ理解したその瞬間。
どこか遠くから、小さな笑い声が聞こえた。
まるで、おかしくて堪えきれなかったというような、思わず笑い声が漏れたというようなその声は、
何故か、かつての私の魂の声だったような気がした…。