乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます
ちょっと、待ってよ。
一部を差し出すって、なに?
どういうことなのか……みんな、ちゃんとわかってるんですか。
そう、問いただしたかった。
けれど口元を覆う布が、それを許してくれない。
喉の奥から漏れたのは、意味を成さない、くぐもった唸り声だけだった。
そんな私をよそに、皆はなぜか穏やかな笑みを浮かべている。
どこか晴れ晴れとした、その表情が、どうしても理解できなかった。
「それで、俺たちはなにをすればいい?」
ゲンナイさんの声は、驚くほど優しかった。
その瞬間、胸の奥で堪えていたものが決壊したように、勝手に涙がこぼれ落ちる。
そのとき、ようやく口元の拘束が緩んだ。
私は勢いよく布を引き離し、叫ぶ。
「そんな……! 簡単に、了承していいんですか!?」
その言葉に、皆は一瞬きょとんとした顔をしたあと、顔を見合わせて笑った。
「当たり前でしょう」
「いいに決まっている」
誰一人、迷う素振りすら見せない。
あまりにも当然のことのように断言されて、私はそれ以上、なにも言えなくなってしまった。
鼠は、にっこりと笑い、目を閉じる。
『では、皆の力を借りてみようか』
そして、淡々と説明を始めた。
私と時成さん、二人を救うために必要な“差し出すべき一部”――それは、皆が生まれ持った特殊能力そのものなのだと。
『共鳴を成したことにより、皆の異形との繋がりはすでに解放されている。だが、今回の件はそれとは別だ。これを行えば、人の子と異なる力を完全に失い、ただの人間となる』
鼠の声は静かだった。
『生まれ持った力を失うということは、大きな喪失感を伴う。生活に支障が出る者もいるだろう』
「問題ない。わしの能力は、もう尽きておるしの」
「私も時を渡る必要などない。由羅姫のためなら構わない」
「リブロジさん……アネモネさん……」
「ハン、むしろそれだけかよ、リスクは」
「もっとなんでも持ってっていいぜ、鼠さんよ」
不機嫌そうなナズナさんと、なぜか煽るトビさん。
鼠はまた小さく笑うと、今度は時成さんへと視線を向けた。
『時成。君も同様だ。こうなった以上、君は再び皆と、由羅と生きることになる』
一拍置いて、続ける。
『だが君もまた、特別な力をすべて失う。止まっていた身体の時は動き出し、加齢を始める。ただの人間になるだろう』
「魄子。私は――」
それでも、消えることを望む。
そんな言葉が続くはずだった。
けれど、それが口にされる前に――
私の頭の中に、轟音にも似た声が叩き込まれた。
『時成が案じているのは、僕のことだ』
この声は……鼠の声。
時成さんのものと、ひどく似た響きで、脳内に直接届く。
『得られるものに対して、皆の犠牲が軽いとは言わない。けれど、足りない部分を補うのは――この僕の魂なんだ』
「……え……」
『共鳴によって、君の中にいた動物たちの魂も、猫魔と共にかつての君の光に導かれ、もうここにはいない』
静かな声が、続く。
『だから、僕も行きたい。皆のもとへ』
そして、最後に。
『だからね、由羅。どうか時成を説得して――』
その言葉を最後に、声は途切れた。
私は溢れる涙を拭うこともせず、時成さんを睨みつけ、詰め寄る。
「時成さん……いい加減にしてください……」
「いつまでも駄々をこねないで、私たちと生きる未来に目を向けてください」
震える声で、必死に、言葉を紡いだ。
だってそうじゃないと、皆の犠牲が無駄になってしまう。
なぜ皆が、なんの迷いもなく差し出したのか――もっと、ちゃんと考えてくださいよ。
「ここには、あなたが大切で……大好きで……あなたのためなら、なんでも差し出してしまう人たちしかいないんです」
だから。
「気付いてください。あなたが――必要なんです」
泣きながら訴えた私を前に、時成さんは目を丸くした。
長い無言のあと、小さく息を吐く。
「……わかった。私の負けだね」
眉を下げて、ほんの少しだけ笑った。
その瞳には、トキノワの皆の姿が、ちゃんと映っていて――私は、また泣きそうになる。
『――だけど、由羅。君にだけは、なにが起こるか予想ができない』
「……へ?」
予想外の鼠の言葉に、間の抜けた声が漏れた。
『君の身体は、本来この世界に存在しないものだ。光のおかげで、かろうじて留まれていただけだからね』
鼠の声は淡々としている。
『光もなく、時成の魂と引き換えにしない場合、どんなリスクが生じるか……それが、わからない』
――ああ、なるほど。
たしかに、そうなるよね。
「……それでも、いいです」
自分でも驚くほど、迷いのない声だった。
「由羅ちゃん……即決がすぎる…そんな簡単に決めていいのか…」
「アッハッハ! それでこそ由羅嬢だね!」
「由羅さんらしいです」
さきほどの私と同じように心配するゲンナイさん。
声を上げて笑うキトワさんと、穏やかに微笑むサダネさん。
その姿を見て、私も思わず、にっこりと笑った。
「大丈夫です。どんなリスクがあっても……皆がいるこの世界にいられるのなら私は、必ずみんなのもとへ帰ってきますから」
力強くそう言うと、鼠は小さく頷いた。
『……きまりだね。では、皆の一部をもらおうか』
その言葉とともに、皆の身体から小さな淡い光が浮かび上がり始めた。
ふわり、ふわりと宙を漂い、やがて鼠の小さな手のひらへと集まっていく。
能力を切り離した瞬間、
それまでツジノカさんの力で保たれていたこの空間が、ぐにゃりと歪みはじめた。
同時にひとり、またひとりと、皆の姿が消えていく。
「では、由羅君。時成様。現実世界で、また会いましょう」
最後に丁寧に会釈をしたまま、ツジノカさんの姿も消えた。
残されたのは、私と時成さん、そして――
皆から託された光を抱く鼠。
鼠は、今度は自分自身の内からも光を取り出し、それを時成さんへと差し出す。
続いて、皆の光を、私へ。
その瞬間、鼠の姿が急速に薄れていった。
『あとは……わかるかな、時成』
『君が忘れてしまっていても、僕はずっと君を見ていた。心配だったけれど……もう、大丈夫だね』
「魄子。世話になったね。……ありがとう」
時成さんがそう言うと、
応えるように鼠も小さく笑い、その姿は完全に消えてしまった。
次の瞬間、私たちは暗闇の中に立っていた。
ただ、皆から託された光だけが、私と時成さんをやさしく照らしている。
胸の奥に、小さな穴が空いた気がした。
それでも、不思議と後悔はなかった。
「魄子は、返るべき場所へ行けただろうか」
「行けたと……思いますよ」
自分の分身のようなものだったのだろう鼠が消えて、時成さんは何を思っているのだろう。
私はそっと寄り添うように時成さんへ近づいた。
「大事に、受取りましょうか」
鼠さんと皆の想いをーー。