彩度beige
「なに、衣緒、今ここで働いてんの?」

驚きつつも、敦也は気を取り直したように聞いてきた。

私はあまり話をしたくなかったけれど、適当な受け答えで「Vulpecula」に迷惑をかけるわけにもいかない。

「・・・ここでというか、委託のような形でそちらの企画に携わらせていただいていて」

言いながら、私は美波さんの後ろ側にある展示棚を指し示す。

すると敦也は「マジか!」と言って、途端に顔を明るくさせた。

「なんだ。そしたらさ、ホテル側に上手く話して、今から特別に撮影許可してよ」

「えっ」

「あっ、そうね。それがいいわね」


(い、いやいや・・・!)


「それは無理です!」と、私はすぐさま首を振る。

けれど、敦也と美波さんは「なんで?」「いいじゃない」と、強引な口調で私に迫る。

「商用撮影は、必ず事前に申請していただく決まりになっていますので」

「うん、だからそれはわかったけどさ。特別に・・・、な?」

「ね。さっき違う場所でも撮影しちゃったし・・・、全部が無駄になっちゃうわ。私が動画で紹介したら、もっとお客さんも来ると思うし・・・、お互いにとって、すごくいい提案だって思わない?」

「・・・・・・」

思わない・・・と、心の中で返事をするも、それはさすがに口にはできない。

その後も頑なに拒否を続けていると、敦也はしびれを切らしたようだった。

「あー・・・、もういいや。ま、そうだよな。考えてみれば、衣緒なんかが『Vulpecula』のどうこうを動かせるわけはないもんな。いいよ。オレが直接支配人にでも話つけるわ」

「あっ、そしたら私が行ってくるわよ。支配人って多分おじさんでしょう?私の方が話聞いてくれると思うから」

美波さんはそう言うと、小首をかしげて可愛らしい笑顔を見せた。

そして、ゆるいウェーブがかった長い髪を整えようと、大きく腕を動かした時だった。

ーーーカシャン!

「きゃっ・・・!」

何かが割れたような音。そして、美波さんの小さな悲鳴が重なった。


(・・・!)


ーーー本当に、一瞬のような出来事だった。

展示棚に置いていた芳江さん作のガラスの花が、美波さんのブラウスの袖のリボンに引っかかり、床に落ちてしまったのだ。

花びら部分が、落ちた衝撃で何枚か割れて床に散らばってしまっている。

心臓がドクッと嫌な音を出し、そのまま止まりそうだった。

「・・・、・・・っ」

ーーー芳江さんにお願いをして、企画のために作ってもらった大事な作品。

嘘だと思いたいけれど、今、私の目に映っていることが現実だ。
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