彩度beige
一葉くんが、懐かしむように目を細めた。

その頃は、こんなふうに自分がここで仕事をするなんて、きっと、夢にも思っていなかったんだろう。ただ、お兄さんの仕事部屋に遊びに来た、好奇心溢れる学生服の一葉くんの姿を思い浮かべた。

「ごめん。こんな椅子しかないんだけど・・・、よかったら座ってください」

仕事とプライベート、どちらの顔も混じっているような様子の一葉くんが、私に木製のスツールを用意してくれた。

「ありがとうございます」とお礼を言って、私はスツールに腰かける。

一葉くんは、定位置であろう、机の前の椅子に座った。

ーーーなんだかとても不思議な感じ。

私は先に口を開いた。

「・・・あの、それで・・・、用事というのはなんでしょう」

一葉くんが私をここに呼んだ理由(わけ)

早く確認したい気持ちがあった。

「・・・ああ、うん。そうだよな。それ言わないと・・・・・・、そんな理由?って、言われるかもしれないんだけど」

「うん?」

「オレにはわりと大事なことで・・・」

そこで一旦気持ちを落ち着かせるような間をおいて、一葉くんは言いにくそうに切り出した。

「・・・ここに来た時の、水谷さんの反応を見てみたかったっていう」

「えっ!?」

「~~~っ、ごめん!それだけで、わざわざ呼ぶなよって感じなんだけど・・・」

一葉くんは、反省するように額に手を当てた。恥ずかしさも同時にあるようだ。

私はちょっとびっくりしたけれど、一葉くんなら、そういうこともあるかもしれない。

「それは・・・・・・、多分だけれど、取材の一種・・・なんだよね?」

「・・・うん。こんな感じかなって一応予想はしてたけど、やっぱ実際来てもらって、その反応を確かめたくて」

「仕事終わりにほんとにごめん」と一葉くんが再び謝ったので、私は「ううん」と首を振って笑った。

「大丈夫。社長室ってちょっと興味があったから。それで・・・、反応は想像通りだった?」

「・・・うん、ほぼほぼ想像通りかな」

柔らかく彼が微笑んだ。

やっぱり・・・、私のことは、もう、ほとんど把握されているらしい。

「・・・と、まあ、それが一番の目的ではあったんだけど」

「うん?」

「実はもうひとつ、ここに来てもらった理由があって・・・」

言いながら、一葉くんは机の引き出しを手前に開けて、中から鍵を取り出した。

チャリ、と、金属が重なる音がする。

彼が手に握っているのは、「Vulpecula」のルームキー。

昔からずっと変わらない、金属製の鍵である。

「よかったら、今日、この部屋に泊まっていってくれるかな。スイートだから、一人で泊まるには無駄に広いかもしれないけれど」

「・・・・・・」


(へ?)


今日???そして、スイートルーム・・・???

一人で・・・って、私が今日、「Vulpecula」のスイートに一人で泊まるの・・・???

「・・・・・・」

意味が全くわからずに、私は何度も瞳を瞬いた。

差し出されたルームキーを、受け取れないまま、ただひたすらに眺めてしまう。
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