彩度beige
「!」

気づいたら、一葉くんに抱きしめられていた。

トクトク、と、彼の心臓の音が間近に聞こえる。

世界がここだけになった感覚。私の身体は、すっぽりと彼の腕の中にいた。

「・・・それは、どういう意味?」

「えっ・・・」

「寂しかったとか一緒に景色を見たかったとか・・・、オレのこと好きだって言ってるようにも聞こえるし、さよならって言われてるようにも聞こえる」

ぎゅっと、抱きしめられる腕に力がこもる。

私は、戸惑ったままで動けない。

「悪いけど、さよならって言われたところで、オレは離すつもりはないよ」

「!」

ドキリと胸が震えた瞬間に、彼は私に口づけた。

一瞬で、頭が真っ白になっていき、身体は途端に火照ってく。

ーーーどうして。なんで。

離れなきゃ、そうするべきだと思うのに、全身が、甘く痺れて動けない。

頭も身体も混乱していく。

唇がそっと離れた後も、私と彼は、まだ、触れ合いそうな距離。

「オレのこと、好きになってくれてると思ってたけど。それは気のせい?」

「・・・・・・っ」

そんなこと。違うって、もう、言ってしまいたい。

私も好きって、言ってしまいたいと思った。

だけど今、ここで両想いになったとしても、その後の未来はわかってる。

それならーーー、思い出が重なる前に、愛おしさが増えていく前に、ここでサヨナラをしてしまった方が、お互いにとっていいはずで、だから私は、そんなことは口にはできない。

「・・・オレは、水谷さんのことが好きだよ」

返事をしないままの私の耳に、一葉くんの真っ直ぐな言葉が落ちていく。

大好きな声が、いつもより甘く響いて胸が震える。

「・・・ずっと前から好きだったんだ。あの日、松澤さんたちとの飲み会で、顔を合わせる前からずっと」

「・・・、え・・・」

あの日の前から・・・?

私は理解ができなくて、問いかけるようにゆっくりと彼に目線を向けた。

一葉くんはふっと笑って、私の反応を予期していたような顔をする。

「覚えてないと思うけど、水谷さんとは、もっと前に出会ってる。水谷さんが・・・、まだ、前の旦那さんと結婚してる頃。自宅に上がらせてもらって」

「・・・自宅・・・」

戸惑った。言われて記憶を探ったけれど、その中に、彼の姿を思い出すことはできない。

忘れてる?でも、一葉くんと会って忘れるなんてーーー・・・。

「・・・水谷さんは、絶対に覚えていないと思う。あの頃、オレはもう少し髪が長くて色もこんなじゃなかったし、ずっとマスクつけてて存在感も薄かっただろうと思うから」


(・・・・・・、マスク・・・・・・)


「!、もしかして、黒マスクの・・・!」

「・・・ああ・・・、うん。黒いやつだったかも」
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