彩度beige
「やっぱり驚いちゃうわよね・・・。夏保ちゃんと同じくね、私もここでは旧姓の『安斎』で働いてるの。と言っても、元々ここで働いていたわけではなくて・・・。結婚してからずっと専業主婦だったから、久しぶりに働いてみたいと思ってね。2年くらい前かしら・・・、主人に相談してみたの。そうしたら、『うちのホテルだったらいいだろう』って許可をもらってね。まあ、それは『他の職場だと迷惑をかけそうだから申し訳ない』って理由なんだけど・・・、失礼よねえ。でも、だったらわがまま言わせてもらおうと思って、『清掃の仕事がしたい』って希望を出したの。私、掃除が趣味で好きだから」

「ほら、ホテルの中は、私たち清掃員のおかげでいつもピカピカでしょう?」と、安斎さんは得意そうな顔で笑った。

「夏保ちゃんとは違ってね、私の本名や素性に関することは、ここにいる人たちと、ごく数人の幹部だけしか知らないの。会長の妻が清掃員って、それほど人手不足なんじゃないかとか、無理やり働かされてるんじゃないかとか、はたまた清掃員として潜入させて、従業員たちを監視してるんじゃないか、とか・・・、まあ、色々な憶測を呼んでしまうらしくてね。スタッフのみんなにも余計な気を遣わせてしまうだろうし。だからごめんなさい、水谷さんにも黙ってて」

「いえ!そんな」

頭を下げる安斎さんに、私は恐縮しつつ、首を振る。

私も同じ立場なら、黙っていたと思うから。

「玲央が水谷さんのこと好きみたいだし、いっそ話しちゃおうかしら・・・なんて思ったこともあったんだけど・・・、ほら、息子を応援したいじゃない?いいところアピールできたらいいかしらと思ったんだけど、余計なお世話なのかしら、水谷さんにもプレッシャーかしら・・・なんて思ってね、黙っていたの」

「・・・っ、当たり前だ・・・」

そこまで黙って聞いていた一葉くんが、真っ赤な顔で額に手を当てた。

母親がそんなことを考えていたなんて・・・と、驚きと羞恥があるようだった。

「ていうか、なんで母さんまで知ってるんだ・・・」

「あら。だって、ねえ」

当然、というように安斎さんが同意を求めて目をやると、瀧澤さんは澄ました顔で「ええ」と頷く。

「玲央くん、わかりやすい行動ばかりしちゃうんだもの。水谷さんが好きなんだなーって、いくら鈍感な人でも気がつくわ」

「!」

「それにほら、玲央くん、一年半ぐらい前からあのスイートルームを2名で予約してたでしょう?彼女でもできたのかなーって、あの頃から気になってたの。でも、片思いだったのね。しかもなかなか進展しなかったみたいだけれど・・・、多分、予約した時点では、宿泊日には付き合ってるっていう計画で、2人で泊まって、あの日にプロポーズしようとか考えていたのかなあ・・・。そこまではわからないけれど」

瀧澤さんの憶測に、一葉くんの顔がさらに真っ赤になっていく。

どうやら、完全に間違っているわけではなさそうだった。
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