彩度beige
「・・・じゃあ・・・、こういうことならどうですか」

静かな声で、彼が言う。

提案、というよりも、それはまるで呪文のような・・・魔法をかけるかのような言い方だった。

なにかが変わっていくような、そんな予感が胸に宿った。

私が彼を見上げると、夜の闇に、銀色の髪がサラリと光る。

「オレが、あなたを主人公にして物語を書くっていうのは」

「え・・・?」

「エピソードのひとつとか、脇役の一人じゃなくて。あなたを主人公にした物語」

「・・・・・・」


(・・・主人公・・・、私がヒロインになるっていうこと・・・?)


予想外の申し出に、私は瞳を瞬いた。

一葉さんは、慎重な様子で話を続ける。

「さっき、『話すとまた悲しくなる』って言いましたよね。今のあなたがそういう気持ちだとしても、オレは、主人公のあなたを必ず幸せにしますから。だから・・・、今はただ、その最終章に行くための、通過点だって思ってもらえば」

「・・・通過点」

「はい。そうしたら、今の気持ちもただの思い出になっていくだけなので。たとえフィクションだとしても、自分が幸せになっていく話・・・、読んでみたくはないですか」

「・・・・・・」


(ーーーそれは・・・)


もし、そんな話を創り出してもらえるのなら。

それはもちろん・・・、読んでみたいと素直に思った。

「完成したものを読んだ後、それを世に出していいかはあなたが決めてくれて構わないんで。いずれにしても、取材の謝礼は払います」

「え!?で、でも、それだと一葉さんは意味がないっていうか損をするんじゃ」

「いえ。書かせてもらえるだけで十分なんで。損なんてひとつもないですよ」

「・・・・・・」


(・・・そ、そう・・・、なの・・・?)


小説家なら、書いた作品はできるだけ世に送り出し、たくさんの人に読んでもらいたいと思うものではないのだろうか。

小説なんて一度も書いたことがない、私の勝手な考えだけど・・・。

それとも、違う話の土台になったりするのかな。

めずらしさで興味をもたれているのだろうけど・・・、小説家でない私には、一葉さんの気持ちはわからない。

「・・・どうですか。興味ない?」

「い、いえ。興味は・・・・・・、すごくあります」

それは、今まで考えたこともない、とても特別なお話だった。

いいのかな、どんな物語になるのかなって、とてもドキドキするけれど。

興味なら・・・すごくある。

心を込めて頷くと、一葉さんは、安心したような顔で笑った。

「じゃあ、書かせてください」

言いながら、一葉さんが右手を私に差し出した。

大きくて、少し硬そうだけど、とても繊細そうな手だと思った。

ーーー契約の証。

私は一瞬ためらって、けれど、すぐに決意を込めて差し出された右手をきゅっと握った。

「・・・約束。ちゃんと喜んでもらえるように書き上げるから」

「は、はい。では・・・・・・、よろしくお願いします・・・」

思いも寄らない展開だった。

けれど、戸惑いつつも、私は、心のどこかでワクワクしていた。

だって、物語の主人公。

私はこれから、その存在になれるようだから。












< 18 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop