夏の序曲

第19話 帰り道

その日、悠斗は部活の練習が思った以上に長引いてしまった。時計を見上げると、紗彩と会えたはずの時間はとっくに過ぎている。
(今日は無理か…。)
そう自分に言い聞かせながら、自転車を漕いで駅へ向かう。一方で、紗彩も駅前で悠斗が現れるのをほんの少しだけ期待していた。
「…やっぱり、こんな都合よくは会えないよね。」
紗彩は軽く笑って自分に言い聞かせるように呟くと、少し俯きながら駅前の歩道を歩き始めた。

翌日、再びいつもの時間に帰り道で会う。
「この間、会えなかったね。」紗彩が微笑みながら言うと、悠斗は少し照れたように肩をすくめた。
「ああ、部活が長引いてさ。」
紗彩はその言葉に小さく頷きながら、内心の安堵を隠しきれなかった。
歩きながら、紗彩がふと思い出したように話し始めた。
「そういえば、悠斗って朝も早く練習してるんだよね?」
「うん。朝練は集中できるからいいんだ。そっちは?」
「私?夕方派だよ。朝は絶対に起きられないから!」
「はは、だろうな。」悠斗は笑いながら相づちを打つ。
「紗彩、水筒持ち歩いているんだ?」
悠斗が紗彩の鞄からはみ出している水筒に目を留めると、紗彩が得意げにリュックから取り出した。
「うん、帰りに飲む用だよ。練習でヘトヘトになるでしょ?」
「用意がいいね。」
「ほら、飲む?」紗彩が水筒を差し出す。
「いいの?」悠斗が受け取って一口飲むと、紗彩が急に笑い出した。
「それ、レモン水だけど大丈夫?」
「うん、大丈夫…あ、ちょっと酸っぱいな。」
笑い合う二人は、無邪気な時間を共有していた。
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