夏の序曲

第28話 初雪の日

昼過ぎから降り始めた雪が、夕方には道を白く覆い始めていた。
悠斗は自転車を押しながら家へ向かって歩いていた。雪が積もった道は滑りやすく、慎重に進むたびにタイヤがシャリシャリと音を立てる。
(今日はさすがに自転車を押して帰るしかないか…。)
前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた悠斗は、自然と声をかける。
「紗彩?」
振り返った紗彩は、驚きながらも微笑みを浮かべた。
「悠斗!また、こんなところで会うなんて。」
二人は自然と並んで歩き始めた。

「初雪だな。雪の日の電車通学も大変だろ?」悠斗が話を振る。
「そうだね。足元が滑りそうで気を使うよ。でも、こうやって真っ白な景色を見ると、なんだか特別な気分になるね。」
紗彩は足元を見つめながら、柔らかく笑った。
「そういえば、悠斗は自転車通学だから、もっと大変じゃない?」
「まあ、今日は押して帰るしかないけどな。たまには歩くのも悪くないよ。」
紗彩はその言葉にくすっと笑い、ふと口を開いた。
「ねえ、悠斗。私、就職先が決まったんだ。」
「本当か?どこ?」悠斗は立ち止まりそうになるのをこらえて、紗彩の顔を見た。
「桐葉信用金庫。ちょっと時間はかかったけど、やっと決まったの。」
「そっか、よかったな。紗彩にぴったりのところじゃん。」悠斗は素直にそう言い、微笑んだ。
「ありがとう。これで少し肩の荷が下りたよ。でも、悠斗はこれからが本番だね。受験、大変でしょ?」
「まあな。でも、なんとかやるしかないし。」
二人の会話はゆったりと続き、初雪が降り積もる中、家に向かう道を歩いていった。

分かれ道に差し掛かったところで、紗彩が少し笑顔を浮かべて言う。
「そうだ、受験が終わったら、一緒に行きたいところがあるんだ。」
「行きたいところ?」悠斗が少し驚いて聞き返すと、紗彩はいたずらっぽく微笑んだ。
「その時に教えるよ。楽しみにしてて。」

悠斗は不思議そうにしながらも、その笑顔にほんのり胸が高鳴るのを感じた。
「わかった。楽しみにしてる。」
二人は軽く手を振り合い、それぞれの道を進んでいった。雪が降り積もる中で、悠斗の心には小さな期待が灯っていた。
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