夏の序曲

第５話 バラの謝肉祭

放課後の部室。各パート練習室から練習する音が漏れ聞こえてくる。悠斗はトランペットケースを手に、金管パート練習室での練習を終えたところだった。
「パート練習の時間、あっという間だな。」
小さく息をつきながら廊下に出ると、トロンボーンを抱えた錬が隣に並ぶ。

二人は部室に戻ると、譜面台に譜面を置いて座った。部長の木村遥が指揮棒を手に前に立ち、練習の準備を進めている。
「全体練習、始めるわよ！」
木村の一声で、部室の空気が引き締まる。
「今日は『バラの謝肉祭』を練習するわ。」
木村遥が全員を見回しながら告げた。
「テンポの変化が多いから、全員でしっかりタイミングを合わせていきましょう。」
指揮棒が振り上げられると、部室に静けさが訪れ、次の瞬間、クラリネットの穏やかで美しいメロディが流れ始める。悠斗は譜面を見つめながら、次に訪れる自分のパートを待った。
トランペットが華やかなファンファーレを奏でると、部室全体が一気に華やぐ。疾走感のあるメロディの中で、木管と金管が掛け合うように音を繋いでいく。
悠斗は軽快なリズムでトランペットを吹きこなしながら、指揮棒に目を向ける。メロディが短調に変わり、空気が少し変わる。音が重なり、重厚感が増す中、アンサンブル全体が一体となり始めた。

「ストップ！」
木村の声が響き、指揮棒がピタリと止まる。
「今の金管、特にトロンボーン！1小節目の入りが遅れてたわ。」
部室が一瞬静まり返る。悠斗がちらりと横を見ると、錬が軽く眉をひそめていた。
「悪い、もう一度やらせてくれ。」
錬がすぐに答える。その表情には、パートリーダーとしての責任感が滲んでいた。遅れたのが後輩の演奏だと分かっていても、自分の指導が至らなかったと考えているようだった。
悠斗はそんな錬を気遣うように小さく声をかけた。
「パート練習の時間、足りなかったかもな。」
「そうだな。」錬は短く答えると、集中するように息を整えた。
再び振り上げられた指揮棒が下りると、部員たちは緊張感を持って演奏を再開する。拍子が変わり、リズムが微妙にズレやすい箇所に差し掛かるたび、木村が鋭い指摘を飛ばす。
「クラリネット、リズムが走ってるわ。修正して！」
「ホルン、もう少し音を響かせて！」
木村の指示が飛ぶたびに、部員たちは譜面を見直し、細かな調整を繰り返す。

演奏を重ねるごとに、リズムの揺れや音のバランスが修正され、完成度が上がっていくのが実感できた。最後の通し演奏を終えたとき、木村は満足げに頷き、譜面台を片付けながら部員たちに声をかけた。
「今日の全体練習はここまでにするわ。各自、足りない部分はしっかり自主練で補ってね。」