ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?
第20話 ヒロインを探そう
──ヒロインを探そう。
それがピフラの頭に浮かんだ策だった。
ガルムは完璧だ。眉目秀麗、領地経営もお手のもの。襲爵からほどなくして貴族界でめきめき頭角を現し、彼を「元孤児」だと陰で誹る者達をも黙らせた。
容姿、権力、財力。その全てを兼ね備えたガルムは、今や婚活市場で人気No.1。外出すれば淑女達に言い寄られ、帰宅すれば山積みの求婚状と対面する。
まさに選り取り見取り状態である。
けれど、夜会では令嬢の誘いをけんもほろろに断り、求婚状も暖炉で焼却している。
客観的に観て、結婚願望がないことは明らかだ。
無理もない。ガルムが恋する相手はこの世界の"ヒロイン"なのだから。
おそらく、ヒロインと出会えばガルムは一本槍に求婚するだろう。そうすれば、きっとピフラにも婚活を許してくれるはずだ。
だからヒロインとガルムを出会わせれば全てが上手くいく。それなのに──
(どうして釈然としないのよ……)
胸のつかえが取れないまま、ピフラはヒロインを探すべく街へ繰り出したのだった。
◇◇◇
「はあーー全っっっ然いませんけど?」
ピフラは長嘆息した。
朧げになったゲームの記憶を辿り、ヒロインと攻略対象が出会う聖地を巡っていく。人気のカフェテリア、賑わう縁日、煌めく噴水、そして小さなチャペル──。
しかし、ヒロインはどこにもおらず、毛ほどの痕跡も見当たらなかった。
挫折したピフラは、辿り着いたチャペルで一休みしていた。
腰掛ける参列席は、木目がヒビ割れるほど老朽化が進んでいる。祭壇の純白の女神像は陽光を弾き、背後のステンドグラスは、木漏れ日のように光差している。
祈ればどこかの紳士と結婚できるだろうか。
ピフラは胸の前で手を組み、女神に祈る。
(わたしも結婚できますように。そして……)
──どうか、ガルムを忘れられますように。
瞳を上げて女神像を見やると、5秒も経たず黒マントを纏った男が颯爽と現れた。
バサッとマントを翻し、男がピフラの方へ向かって来る。
(めっ……女神さま早速ですか!? 太っ腹!!)
鼻息が荒くなるのをこらえ、ピフラは男に微笑む。
男は黒の山高帽をそっと脱ぎ頭を下げた。
「ミス・エリューズ。こんな所でお会い出来るなんて、まさに運命ですね」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
男は顔を上げ自身の美貌を露わにした。
一毫の乱れもなくまとめ上げた金髪、色素を廃したような白肌、そして長い睫毛の奥から現れた瞳は──
「わたしはガブリエラ・ウォラクと申します。以後、お見知り置きを」
──ガルムと同じ、赤い瞳の持ち主だった。
しかし低明度かつ低彩度のウォラクの赤目は、ガルムの澄んだそれとは全く異なっている。
どろりと濃く黒ずむ、まるで動脈から流れ出る血ような色だ。差別的な表現しか思いつかず、ピフラは不甲斐なく思った。
(ガルムの時はゲームで予備知識と心構えがあったけど……こうして出会うと確かに衝撃的ね)
「公爵閣下と同じ赤目で気になりますか?」
そう言ってウォラクは目を半月形に細めた。
ピフラは悪意の無い非礼を詫びる。
「あっ、申し訳ございません! 不躾なことを……」
「いえ良いんです。実はわたし、以前からピフラ嬢に憧れておりまして。ずっとお話ししてみたかったのでこうしてお会いできるなんて幸甚の至りです」
「わたしですか?」
ウォラクの実直な告白に、恋愛未経験の乙女心が軽率に動く。"どこかの誰か"のせいで男とろくに関ってこれなかった弊害だ。
ピフラの頬には徐々に熱が帯び、彼女を畳み掛けるようにウォラクは言う。
「ええ。ずっとあなたを見ておりましたが、なにせ閣下のガードが堅そうでしたので。はははっ」
「あは……あはは……」
(こうやって遠巻きに見てくれている人もいるのね!? ということはまだ婚活できる余地がある!)
それから2人はしばし談笑した。
彼はガルムと同じ隣国イヴィテュール帝国の出身で、ウォラク大商会の会長を務めているらしい。
エリューズ公爵家もウォラク大商会で購入履歴があり、それはなんと、かつてマルタが用意してくれた銘柄の茶葉だった。
「──そうですか。事故でお亡くなりに」
ピフラの昔話を聞いたウォラクは目を伏せる。
「もう10年も前のことですが、今でも夢で会うんです。マルタとは仲が良かったので」
ピフラは口重にマルタの事件を語った。
──あくまで"事故"という事にして。
今でも夢に見る、マルタを乗っ取った"人ではない何か"の存在。今でも、あの夜の恐怖は鮮烈に蘇り全身が粟立つ。
誰かに吐き出して楽になりたかった。
しかし、あんな出来事を誰彼構わず話すことはできず、そもそも信じてもらえるはずもない。
きっと鼻で笑われるのがオチだろう。
すると、ウォラクは声を落として口を開いた。
「ピフラ嬢の周囲は不幸が多くお気の毒です。お母君もあんな亡くなり方をされて……」
「え? 母は流行病で亡くなりましたが」
「流行病? とんでもない! 前公爵さまや閣下に何もお聞きになられていないのですか?」
「……ええ、何も」
その一言にウォラクは赤黒い目を見開く。
一体何を言い出すのだろう。ピフラは固唾を飲み、次の言葉を待つ。
そして、ウォラクは勿体ぶるようにゆっくり深呼吸して言った。
「あなたのお母君は殺されたんですよ。『パーピル』に」
それがピフラの頭に浮かんだ策だった。
ガルムは完璧だ。眉目秀麗、領地経営もお手のもの。襲爵からほどなくして貴族界でめきめき頭角を現し、彼を「元孤児」だと陰で誹る者達をも黙らせた。
容姿、権力、財力。その全てを兼ね備えたガルムは、今や婚活市場で人気No.1。外出すれば淑女達に言い寄られ、帰宅すれば山積みの求婚状と対面する。
まさに選り取り見取り状態である。
けれど、夜会では令嬢の誘いをけんもほろろに断り、求婚状も暖炉で焼却している。
客観的に観て、結婚願望がないことは明らかだ。
無理もない。ガルムが恋する相手はこの世界の"ヒロイン"なのだから。
おそらく、ヒロインと出会えばガルムは一本槍に求婚するだろう。そうすれば、きっとピフラにも婚活を許してくれるはずだ。
だからヒロインとガルムを出会わせれば全てが上手くいく。それなのに──
(どうして釈然としないのよ……)
胸のつかえが取れないまま、ピフラはヒロインを探すべく街へ繰り出したのだった。
◇◇◇
「はあーー全っっっ然いませんけど?」
ピフラは長嘆息した。
朧げになったゲームの記憶を辿り、ヒロインと攻略対象が出会う聖地を巡っていく。人気のカフェテリア、賑わう縁日、煌めく噴水、そして小さなチャペル──。
しかし、ヒロインはどこにもおらず、毛ほどの痕跡も見当たらなかった。
挫折したピフラは、辿り着いたチャペルで一休みしていた。
腰掛ける参列席は、木目がヒビ割れるほど老朽化が進んでいる。祭壇の純白の女神像は陽光を弾き、背後のステンドグラスは、木漏れ日のように光差している。
祈ればどこかの紳士と結婚できるだろうか。
ピフラは胸の前で手を組み、女神に祈る。
(わたしも結婚できますように。そして……)
──どうか、ガルムを忘れられますように。
瞳を上げて女神像を見やると、5秒も経たず黒マントを纏った男が颯爽と現れた。
バサッとマントを翻し、男がピフラの方へ向かって来る。
(めっ……女神さま早速ですか!? 太っ腹!!)
鼻息が荒くなるのをこらえ、ピフラは男に微笑む。
男は黒の山高帽をそっと脱ぎ頭を下げた。
「ミス・エリューズ。こんな所でお会い出来るなんて、まさに運命ですね」
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
男は顔を上げ自身の美貌を露わにした。
一毫の乱れもなくまとめ上げた金髪、色素を廃したような白肌、そして長い睫毛の奥から現れた瞳は──
「わたしはガブリエラ・ウォラクと申します。以後、お見知り置きを」
──ガルムと同じ、赤い瞳の持ち主だった。
しかし低明度かつ低彩度のウォラクの赤目は、ガルムの澄んだそれとは全く異なっている。
どろりと濃く黒ずむ、まるで動脈から流れ出る血ような色だ。差別的な表現しか思いつかず、ピフラは不甲斐なく思った。
(ガルムの時はゲームで予備知識と心構えがあったけど……こうして出会うと確かに衝撃的ね)
「公爵閣下と同じ赤目で気になりますか?」
そう言ってウォラクは目を半月形に細めた。
ピフラは悪意の無い非礼を詫びる。
「あっ、申し訳ございません! 不躾なことを……」
「いえ良いんです。実はわたし、以前からピフラ嬢に憧れておりまして。ずっとお話ししてみたかったのでこうしてお会いできるなんて幸甚の至りです」
「わたしですか?」
ウォラクの実直な告白に、恋愛未経験の乙女心が軽率に動く。"どこかの誰か"のせいで男とろくに関ってこれなかった弊害だ。
ピフラの頬には徐々に熱が帯び、彼女を畳み掛けるようにウォラクは言う。
「ええ。ずっとあなたを見ておりましたが、なにせ閣下のガードが堅そうでしたので。はははっ」
「あは……あはは……」
(こうやって遠巻きに見てくれている人もいるのね!? ということはまだ婚活できる余地がある!)
それから2人はしばし談笑した。
彼はガルムと同じ隣国イヴィテュール帝国の出身で、ウォラク大商会の会長を務めているらしい。
エリューズ公爵家もウォラク大商会で購入履歴があり、それはなんと、かつてマルタが用意してくれた銘柄の茶葉だった。
「──そうですか。事故でお亡くなりに」
ピフラの昔話を聞いたウォラクは目を伏せる。
「もう10年も前のことですが、今でも夢で会うんです。マルタとは仲が良かったので」
ピフラは口重にマルタの事件を語った。
──あくまで"事故"という事にして。
今でも夢に見る、マルタを乗っ取った"人ではない何か"の存在。今でも、あの夜の恐怖は鮮烈に蘇り全身が粟立つ。
誰かに吐き出して楽になりたかった。
しかし、あんな出来事を誰彼構わず話すことはできず、そもそも信じてもらえるはずもない。
きっと鼻で笑われるのがオチだろう。
すると、ウォラクは声を落として口を開いた。
「ピフラ嬢の周囲は不幸が多くお気の毒です。お母君もあんな亡くなり方をされて……」
「え? 母は流行病で亡くなりましたが」
「流行病? とんでもない! 前公爵さまや閣下に何もお聞きになられていないのですか?」
「……ええ、何も」
その一言にウォラクは赤黒い目を見開く。
一体何を言い出すのだろう。ピフラは固唾を飲み、次の言葉を待つ。
そして、ウォラクは勿体ぶるようにゆっくり深呼吸して言った。
「あなたのお母君は殺されたんですよ。『パーピル』に」