敏腕CEOは初心な書道家を溺愛して離さない
『臨む』はリンという読み方もあり、臨界などはぎりぎりになにかがあるようすを指している。
 機会・場面にぶつかることや、物事に立ち向かう時に書かれることが多い。

 まさにそれは今の香澄の気持ちに近いものだった。
 紙の準備、筆や墨の準備は岡野の会派の人や、ショッピングセンターの企画の人が手伝ってくれた。

 会場の準備が整い時間となる。
『これより書道家、岡野芳睡先生、柚木翠澄先生によります書道パフォーマンスを催事広場にて開催いたします。常に書道への挑戦をされている若い先生方によるパフォーマンスです。どうぞ皆様、催事広場にお集まりください』

 そんな放送が流れた。
 古風な笛と笙の音に現代的な曲が重なる音楽が会場に流れる。

 岡野と香澄が会場に登場すると一斉に拍手が起こった。
 にっこりと笑った岡野が筆を両手で持つ。

 実際書道家ならば、その筆に含んだ墨の量から、最初に置く筆の位置まで心の中でしっかりと把握をしてから書き始める。
 大きな紙に書く場合、文字数が多い時はその全体のバランスを取りながら書く。

 適当にやっているように見えるかもしれないが、実はそうでもないのだ。
 真っ白な畳三畳分ほどの紙に、岡野は『チャレンジ』と書ききった。

 岡野が書の前に立ち丁寧にお辞儀をすると、わあっと歓声とともに拍手が聞こえた。
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