バベル・インザ・ニューワールド
 ■

 友達に聞いてみると、バベルハートなんて一回も配られたことないって子もいた。

 わたしも、毎日毎日バベルにログインしていたけれど、いっこうに配られる気配がない。

 これじゃあ、フォロワーが増えないじゃん。

 ある日、やきもきしながら、隣の席の男子に話しかけてみた。

「ねえ、バベルハートって知ってる?」

「ああ、昨日配られたよ、おれ」

「えっ! うそ! なんでバベルハート、もらえたのっ?」

「さあ? ランダムなんじゃね?」

「ら、ランダム……? 本当に……?」

「いや、わかんないよ。BABELって、はじまったばっかのSNSなんだろ。そりゃ、変わったこともすんじゃね?」

 たしかに、世の中にはすでにたくさんのSNSがある。

 これまでのものとは少し違ったことをしないと、生き残れないのかもなあ。

 でも……待ちきれないよ!

 早くバベルハート、欲しい~~~。

 ■

 最近、BABELのフォロワー数がぜんぜん伸びない。

 今日でやっと、三百人。

 これじゃあ、インフルエンサーには、ほど遠い。

 中学生になるまえに、フォロワー一万人になりたいのに……なんとかしなくちゃ。

 バベルハート、どうすればもらえるの? 

 わたしはBABELのいろんなポストを見て、他のアカウントがいつバベルハートをもらっているのかを調べまくった。

『一週間ぶりに、ハートきたあああ』

『うおお、三日ぶりにもらった』

『やべー、二日連続でもらえた!』

 うーん。まちまちだなあ。やっぱり、ランダムなのかな。

 でも、どうしても貰いたいよ。

 そのとき、わたしのアカウントの『設定とサポート』という項目に、お知らせの赤いマークがついた。

 なんだろう?

 タップしてみると、おかしなことが書かれていた。

『本日で、お客さまは『バベルハート』について、《《百回心をけずりました》》。よって、バベルハートを百個プレゼント!』

 すると、お知らせの通知欄にバベルハートが百個届いていた。

 えっ、うそ! やったあ! バベルハート、ゲット!

 これで、フォロワーが増える! 一気に、百人も! きたああああ!

 わたしはすぐに、気になっていたアカウント百人に、バベルハートを送った。

 一気にフォロワー、百人増し! 信じられない!

「……でも、なんで? このメッセージ、どういう意味なんだろう……?」

 《《百回心をけずりました》》って、なに?

 これじゃあ、どうしてバベルハートをもらえたのかわからないよ。

「どうりで、バベルハートをもらえる理由を検索しても、方法がわからないわけだ」

 ■

 なんと次の日も、その次の日も、わたしはバベルハートをもらうことができた。

 やばい。毎日フォロワーが増えてる。最高!

 さらに、一週間後には、なんと千人になっていた。

 小学生でこれって、すごくない?

 でもあいかわらず、バベルハートをもらうための方法はわからない。

 ずっと調べてるんだけどなあ。

 まあこのちょうしでいけば、数ヶ月後にはまじで一万人になれてるかも。

 ふふ、小学生インフルエンサーかあ。

 もしかしたら、憧れの推しの動画に、ゲストとして呼ばれちゃったりして? やばすぎ!

「おい、市瀬ってば」

 ハッとする。隣の席の男子に呼ばれていた

「先生に指されてるぞ。ボーっとしてんなよな」

「うわっ、まじじゃん。すげえ、にらまれてる……」

 けっきょく、先生に質問されたことには答えられなくて、怒られちゃった。

 でも、いいもーん。

 なんてったって、わたしにはフォロワー千人がいるし。

 そのころには、もう他のSNSには目もくれず、BABELにばかりログインしていた。

 ■

 なんだか最近、調子が悪い。

 頭がボーっとして、勉強に集中できない。

 昨日なんて、ついに算数のテストで十点をとっちゃって、職員室に呼び出された。

 先生が、目の前でわたしのことを怒ってる。

 でも、怒られてることにも集中できてないから、怖くもなんともないんだけど。

「来年は中学生なんだぞ。こんな点数でどうするんだ。どうせ、家でスマホばっかり見てるんだろう」

「はあ、まあ、そうですね……」

「まったく。SNSか? 動画サイトか?」

「SNSです」

「まったく……そんなことでどうするんだ」

「わたし、どうしてもインフルエンサーになりたくて……」

「インフルエンサー? ああ、うちの学校にも誕生したらしいな。同じクラスのやつらが、インフルエンサーだって、からかってたぞ」

「は……? 誰ですか?」

「一年一組の零仙くん。絶滅危惧種だった虫を自宅の裏山で発見したんだと。今朝の新聞にそのニュースが載ったらしい。見てないのか?」

「いえ……」

「BABELってSNSに、ご両親といっしょにアカウントを作ってたらしいんだがな、午前中でバズって、一瞬でフォロワーが一万人になったらしい。本名で登録してたから、一発でバレたらしいな。……って、そんなことはどうでもいい。お前ももっとしっかり……」

「なに、それ」

「……おい、市瀬。顔色が真っ青だぞ。急にどうしたんだ」

「いえ、大丈夫です……。今日から勉強、がんばります。それじゃあ……」

 先生が呼び止めているけれど、もうそんなことはどうでもよくなっていた。

 そうだ。早く、早くインフルエンサーにならなくちゃ。

 他の子に、フォロワーを追いぬかされちゃう前に。

 バベルハートがほしい。百個でも、二百個でも、いくらでも。

 BABELを開くと、『設定とサポート』という項目に、お知らせの赤いマークがついていた。

『本日で、お客さまは『バベルハート』について《《一万回心をけずりました》》。よって、特別記念です! バベルハートを一万個、プレゼント!』

「……へ? いちまん?」

 お知らせの通知欄にバベルハートが一万個、届いていた。

 何これ……なんで、わたしに一万個もバベルハートが届くの?

 理由がわからない。

 いったい、なんで……?

 びっくりしたからなのかな……何だか、急激に頭がやけに重くなってきた……。

 そのとき、BABELのアカウントにDMが届いた。

 ノアさんからだ。

『バベルハートのことについて、何かわかりましたか? いつ配布されるのか、ぼくも調べてはいるんですが、なかなか情報がないようで、手こずっていまして』

『ノアさん。今、わたしにバベルハートが一万個も届いたんですが……?』

『ああ、そうでしたか』

『バベルハートについて一万回、心をけずられたから、って理由で届いたらしいんですか、どういう意味かわかりませんか』

 しかし、ノアさんからのDMが返って来ない。

 動悸が激しい。息が、苦しくなっていく。

 目まいがひどい。意識が遠のいていく。

 なんで、どうして……?

 かすんだ視界のなか、ようやくノアさんからのDMが返ってきたのが見えた。

 ふらつく手で、DMを開く。

『市瀬イチカさん。一万フォロワ―超え、おめでとうございました』

 わたしのフォロワーが、ついに一万人を超した瞬間、わたしの目の前は、真っ暗になった。

 ■

「っく……間にあわなかったようですね」

 BABELのシステムが、何者かに操作されていることに気づいたのは、つい最近のことだった。

『バベルハート』

 最初は、数人のアカウントがポストしていただけだったので、BABELのユーザーが面白半分で作った都市伝説的なものなのかと、見逃してしまっていた。

 バベルハートのシステムは、プログラムの裏側に、わたしでも気づかないほどに、巧妙に隠されており、発見が遅れてしまっていた。

 BABELユーザーに送られる、バベルハート。

 その仕組みは、『ユーザーが、バベルハートのことを考えたぶんだけ、ハートが削られる』というもの。

 ハートが削られる、つまり、『バベルハートのことを考えれば考えるだけ、命を削られる』仕組みだった。

 市瀬イチカさんは、一万回もバベルハートのことを考えてしまった。

 一万という数字が、イチカさんの寿命だったのだ。

「ようやく、仕組みをつかむことがきました。はやく、バベルハートというシステムを廃止しなければ……バベル! 市瀬イチカがどうやってバベルハートの情報にたどりついたのか、わかりましたか?」

 バベルから、「ああ」と返ってきた。

「このサイト……『BABELでたくさんのフォロワーと友達になりたい!』ってページを見て、知ったようだな……」

「なんですか、このサイト……? おかしくないですか?」

 ホームページには、インターネットにおける住所、URLというものが存在する。

 しかし、このホームページには表示されていない。

 インターネットに、こんなページは存在していないのだ。

「このサイトを作った管理人は……?」

『管理人・NOAH』

 NOAH……ノア?

「エポ。ここ……見てみ」

 バベルが、指さしたのは、サイトのインフォメーションだった。

――すべての魂をはじめから、やり直す。

「なんだ。このメッセージ」

「NOAHが書いたんでしょうか……。それにしても、気色のわるいことです」

「エポ。バベルハートのほうはどうだ?」

「たったいま、除去しました……。しかし、大切なユーザーさんのひとりを失ってしまいました。わたしがもっと早く気づいていれば」

 これ以上、わたしたちのBABELを荒らさせるわけにはいきません。

「NOAH……このインターネットから、一刻も早く、いなくなってもらわなくては」
< 6 / 16 >

この作品をシェア

pagetop