バベル・インザ・ニューワールド
むちゃ危険! 無断転載のやり方
 学校から帰ってきた。

 今日は、部活がないから、ひまだ。
 
 いっしょに遊ぼうとしたクラスのやつらも、塾だのなんだので忙しそうだった。

 宿題をやろうにも、手が動かない。

 ベッドの上で、だらだらとスマホをいじっている。

 最近、BABELってSNSが流行ってるらしい。

 流行もんに乗っかるのってダサいから、流してたけど、同じ部活の澪音も始めたらしい。

 そうなると、おれも一気に気になってくる。

 澪音が始めたんなら、まあいっか、ってことで、さっそくおれも登録してみた。

『仁科ニジト』

 SNS用の名前とか、考えんのめんどいし、とりあえず本名だけど、いいよな。

 どうせ、すぐ飽きるだろうし。

 サッカーやってるやつがいたら、フォローしてみるか。

 あれ、なかなか見つからないな。

 うーん。探し方がわからん……。

 他のSNSと使い方が違うのかな。

 とりあえず、なんかポストしてみるか。

『誰か、ひまなやついない?』

 すると、すぐにリプライがついた。はやっ。

『なんか、困ってる? ぼくでよかったら、相談してー』

 名前は、ノアっていうらしい。

 プロフィールに飛ぶと、スポーツをやっていると書いてあった。

『へー。じゃあさ、サッカーやってるやつ、紹介してくんない。繋がりたいからさ。あっ、サッカーだけじゃなくて、「FPSもやってるやつ」だと、なお仲よくなれそう。誰かいない?』

『オッケー。ちょっと待ってて』

『まじ? あっ、待って待って。じゃあさ、ついでに「頭いいやつ」も追加。あと、「宿題のこの問題教えてってDMしたら、すぐ答えてくれるやつ」も! ……なんてな!』

『いいよー。ちょっと、待ってて』

 冗談だったんだけど。

 やっぱ文字だけだと、本気なのか、ノリなのか伝わりづらいなー。

 いや、まじで紹介してくれたら、かなり助かるけど。

 ノアのリプライは、すぐについた。

『サッカーをしてて、FPSをやってて、頭がよくて、「宿題のこの問題教えてってDMしたら、すぐ答えてくれるフォロワー」……は、いなかったよ』

『……そりゃそうだろ。まあ、いーけど。さんきゅなー』

 わかってたけど、つまんねー。

 文字で伝わりづらいのはわかるけど、ノアって、空気読めないタイプ?

 コミュニケーションむずっ。

 少しだけ、イライラしながら、BABELを閉じようとしたら、ノアがまだ話しかけてきた。

『えーと。ニジトくん、だっけ?』

『……なに?』

『……ぼくも、宿題の問題なら教えられるよ』

『えっ? マ?』

『うん。勉強は得意だから』

 そうじゃん。

 ノアでもいいじゃん、教えてもらうの。

『じゃあ、どうすればいい? 宿題の問題をいっていけばいいかんじ?』

 おれは、ランドセルから算数のプリントを取りだした。

『いや。プリントをそのまま写真に撮って、ぼくのアカウントにDMしてくれればいいよ』

『へえ』

 とりあえず、宿題を写真に撮ればいいんだよな。

 カメラアプリを立ち上げ、さっそくカシャリと写真を撮る。

 算数の数式や文章題が映し出された、なんの面白みもない写真が出来上がった。

 それをノアにDMで送ると、一瞬で返事が返ってきた。

『はい。宿題完成』

『はっ? うそでしょ』

 まだ、一分もたってない。

 なのに、ノアは宿題ができたという。

 見ると、DMのところに、赤いお知らせマークがついている。

 ノアからのDMが着たことを知らせるマークだ。

 タップすると、スマホの画面いっぱいに、画像が表示された。

 今日の宿題を写した画像。

 その、すべての問題に、答えが書きこまれてる。

 しかも手書きで。

「ごめんね。ぼくの字、きたないかも……。練習してるんだけど、なかなかうまく書けなくて」

「やっべ~! すげえよ、お前! 字だって、おれよりぜんぜんきれいだって!」

「喜んでくれたんなら、よかった」

「……そーだ。これ、クラスのチャットアプリに送ってやろう。あいつら、びっくりするぞ」

 なにせ、学校から家に帰ってすぐに宿題が出来上がってるんだもんな。

 おれを拝み倒すやつも出てくるかも、なんて。

 チャットアプリに宿題の画像をアップすると、すぐに返信が来た。

『やべー! ニジト、もう宿題やったの?』

『神じゃん!』

「ふふーん」

 こんなに褒められたのは、久しぶりだ。めちゃくちゃいい気分。

 なんて鼻たかだかになっていたら、澪音から返信が来た。

『なんか、ニジト。いつもより字がていねいだな。めっちゃ気合入ってんじゃん。まさか、いよいよ勉強ずきになったのか』

『んなわけねえじゃん!』

 うわ。あぶね~。

 澪音のやつ、幼なじみなだけあって、察しがいいな。

 そっか。おれの字と違うから、気づかれるやつには気づかれる可能性があるな。

 先生はおとなだから、もしかしたら、別のやつにやってもらったってことがバレるかも。

 算数でよかった。漢字の宿題だったら、ソッコーでバレてた。

 今日の宿題、チャットアプリに流しちゃったし……どうしよう。

 ノアの数字のクセをマネして写すしかないか。

 明日提出する数字のクセがいつものおれのクセになってたら、いよいよ澪音にバレルもんな。

 ■

 家に帰ると、BABELを開いた。

 今日も、ノアに宿題をやってもらうためだ。

 昨日のこともあったし、もうノアに頼るのはむりかもと思っていたけれど。

 ランドセルから、国語のプリントを取りだす。

 今日の宿題は、教科書に載っている物語の感想を書くという、めんどうくさい内容の宿題だ。

 こんなのは、ひとりで片づけることはとうてい、むり。

 でもおれには、ノアがいる。

「ノア。この物語の感想を考えてくれよ」

「……感想かあ。わかった」

 すぐに、ノアは物語のながながとした感想を、DMで送ってくれた。

『この主人公は、失敗するのを怖がっていると思う。

 自分も、失敗は怖いけれど。

 失敗するたびに、頭がくらくらして、息が吸えなくなる。

 それがいつも、いやだと思う。

 なんで、自分がこんな思いをしなくちゃいけないんだろうと、考えてしまう。

 成長のためなのかな。

 いや、自分をアップデートのするためだろうか。

 そんな当たり前のことは、もうわかっている。

 でも、やりたくないんだから、ここで止まったままでいればいいじゃん、と思ってしまう。

 だけど、これを乗り越えたら、今までとは違った自分になれるんじゃないかと、ひそかに期待している自分もいる。

 今のままでいたって、どうせ何者にもなれないまま、終わるんだろう。

 成長が止まった自分が見たいのなら、このままでいればいいのだろう。

 それでも、心のどこかで、ずっと他の誰かになりたいと思い続けてきた。

 今でも根本は変わらないままだけど、それでも毎日、半歩ずつでも、進みたい。

 何もしないでいるよりは、何かをしたほうがいいという言葉を信じて、走りだしたいと思いはじめている。

 このままずっと、何もしないまま、変わらずにいつづける自分を想像しただけで、ゾッとするほどには。

 それに気づいたとき、自分のことながら嬉しくなった。

 この物語の主人公に、今の自分の気持ちを教えたい。

 彼が、この気持ちを教えてくれたのだから――。

 ……こんな感じで、いい?』

『うおお、ノア、お前すげよ!』

 おれはとても気分がよくなった。

 これをおれが書いたことにできる優越感に、心がおどり出しそうだった。

 友達はこの文章を読んで、びっくりするだろうな。

 先生は、どれくらいほめてくれるだろう。

 給食の時間に、放送室で全校のみんなに聞かせてあげなさいなんていいだしたら、どうしよう。

 別にいいけど、はずかしいなあ。

 おれは、すぐさま原稿用紙を取りだして、ノアのDMを原稿用紙に書き写した。 

 原稿用紙数枚で書きおえたところで、気持ちがむずむずしだす。

 これ、SNSに載せたらバズるんじゃないか? 

 だって、すごくいい感想だし。

『小学六年生が書きました!』っていって載せたら、何万もリポストされて、ネットのニュースになっちゃうかも。

「……よし。原稿用紙をそのまま写真に撮って……これくらいの大きさなら、スマホでも読めるよな? ポストの文章は……」

『小学六年生だけど、けっこううまく書けたんじゃないかな』

 そう書き、『ポスト』アイコンを、タップする。

 BABELはけっこうすぐにいいねがつくから、あっというまにバズっちゃうなあ。

 ……楽しみだ。

 ニヤける顔を抑えきれないまま、宿題の原稿用紙をランドセルに入れた。

 夕ごはんを食べ、自室に戻ると、ベッドのうえのスマホが、やけに震えていた。

「こ、これって」

 急いでBABELを開くと、さっきのポストがすでに一万リポストされていた。

「め、めちゃくちゃバズッてる……!」

 自分のポストがバズるのなんて、はじめての経験で、どうしたらいいのかわからない。

 興奮と緊張で、手がぶるぶると震えて、止まらない。

「ふふ……す、すごいぞ。そうだ。リプライはどうなってるかな……」

 ポストの下にぶら下がっている、リプライ。

 リプライは、おれのポストに対する意見や感想のようなものだ。

 それを見るため、すすす、と画面をスクロールしていく。

 すでに、何十件ものリプライがついていた。

『これ、小学生が……? すごすぎる!』

『小学生でこれ書けるのは、りっぱだ』

『自分よりも、文章つくるのうまい』

 心臓がどきどきして、頭がちかちかしてる。

 すごい、うれしい、やばい、おれの書いた感想が、たくさんの人に見られてる。

 どんどんスクロールして、大勢の人が書きこんでくれたリプライを読んでいく。

 みんなが、おれのことを褒めてくれている。

 どうしよう。

 こんなにたくさんの書きこみに全部返信するのは、むりだなあ。

 とりあえず、いいねを押していけばいいか。

 リプライにいいねを押す作業をしていると、ふと気になる書きこみがあった。

『これ、本当に小学生が書いてるの? 信じられないなあ』

 この文章の感じだと、おれが書いたものじゃないって、疑ってるみたいだ。

 なんだよ。せっかくいい気分だったのに。

 このリプライのせいで、台無しだ。

 このリプライには、いいねはつけないでおこう。

「ニジトーっ。お風呂入っちゃってよー」

 お母さんが、リビングで呼んでる。

 ああ、いいところだったのに。

 もうすぐ、二十時だ。

 この時間になったら、スマホをお母さんに渡さなくちゃいけない。

 スマホの使いすぎをふせぐ、我が家のルールだ。

 めんどうだけど、いう通りにしないとスマホを没収されちゃうので、仕方がない。

 バズポストが気になりすぎて、今夜は寝つけないかも。

 あーあ、早くスマホを自由に使えるようになりたいなー。
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