バベル・インザ・ニューワールド
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 次の日の朝、お母さんにお願いして、スマホを返してもらった。

 急いでチェックすると、昨日よりも増えて、二万リポストになっていた。

 やばい。これは、やばい。

 朝一番で、みんなに自慢しないと!

 なんてニヤニヤしていると、ふと気づいた。

「そういえば、『引用リポスト』のほう、チェックしてなかったな」

 おれのポストに引用するかたちでコメントをするのが、『引用リポスト』だ。

 何気なく、開いて見てみると、そこではリプライの雰囲気とはまるで違うコメントが書かれていた。

『いや、これはまずいよ』

 え……。なんだ、これ。

 なんで、こんなこといわれなくちゃいけないんだよ。

 他の引用にも、おれを褒めるようなコメントはひとつも書かれていなかった。

 むしろ、これは――。

『まあ、おれの子どものころも似たようなことやってたけどさ。それをSNSにアップしちゃあ、だめなんだよ』

『いや、無断転載を堂々とネットにあげちゃだめよー』

 む、無断転載……っ?

 おれは急いでその言葉をネットで調べた。

『無断転載とは……自分ではない、他の誰かが作った、あるいは書いた作品を許可なくコピーし、自分のものとして、SNSや雑誌などに掲載すること』

 違う。おれ、そんなつもりじゃなかった。

 だって、あれはノアが教えてくれた感想で、無断転載のつもりなんてなかったのに。

「まさか……!」

 おれは、急いで自室にもどると、BABELを開き、ノアにDMを送った。

『ノア!』

『……どうしたの?』

『あれ! 昨日の宿題! お前、どういうつもりだよ』

 混乱した頭のまま、ノアを怒鳴りつけたい気持ちで、DMを送る。

『なんのこと? どういうつもり、って。どれのこと?』

『昨日、お前がおれにいった物語の感想を書く宿題だよ。あれをBABELに載せたら、おれ……無断転載だっていわれて、ネットの人たちに怒られてるんだぞ』

『なんで? あれ、宿題なんでしょ。なんでネットの人に怒られてるの?』

『……あ、えっと』

『宿題ってたしか、学校に持ってくものだよね』

『いや、どうだけど』

『ネットに載せるものだって聞いてれば、話は別だけどさ』

『だ……だけど……』

 たしかに、さっきネットで『無断転載』を調べたかぎりでは、どこかに載せた時点で問題があるってことのようだったけど。

『でも! 他人が作ったものを、自分のものだと偽るのは、よくないことなんだろ。お前はどこかの誰かが作ったものを勝手におれに教えたんだろ。それは、お前が悪いんじゃないのか!』

『だけどね、ニジト』

 ノアとは文字だけで話しているはずなのに、妙な圧迫感を感じてしまう。

 DMに、ノアから一本の動画が送られてきた。

『これ、見てみて』

 いわれるがまま、開いてみると、見知らぬチャンネルがあらわれた。

『ゆるっと☆いんたーねっとTV』

 何体ものVモデルたちが、それぞれの3Dモデルのからだで、色んな企画をする、ヴァーチャルバラエティ番組を配信するチャンネルのようだった。

 ゆるキャラっぽい見た目のVモデルや、人間のすがたをしたVモデルもいる。

 送られてきた動画のタイトルは、『ヴァーチャルだって、読書します! 今だからオススメする、推し純文学小説!』。

 色とりどりのVモデルたちが、番組に送られてきたメールから、推しの小説を見つけ出すという内容だ。

 動画が半分くらい来たところで、人間のすがたをしたVモデルが、とあるメールを読み出した。

 その内容を聞いて、おれはからだ中の血の気が引くのを感じた。

「まさか、まさか……」

 急いで概要欄を開くと、動画内で紹介された小説のタイトル一覧が書かれていた。

 昨日、宿題で出ていた小説のタイトルも。

『……まさかお前、動画で見た感想をおれに教えたのか?』

『いや、番組に、あのメールを送ったのは、ぼくだよ』

『で、でもなんで、おれの宿題に、あの感想を……』

『だって、あの小説を読んだ、ぼくの感想だし。答えられる感想も、あれひとつだよ。あれ以上の感想なんて、ないもの』

 今のおれの頭のなかは、ただただ真っ白だった。

 こいつがおかしなことをしてくれたせいで、今のおれは大変なことになってるんだ。

『どうしたらいいんだよ。お前のせいで、おれ、ネットで炎上してんだけど』

『悩む必要、ないじゃない。ただ、一言。申し訳ありませんでした、っていえばいいんだよ』

 ノアにそういわれ、おれは半信半疑で、ポストするための言葉を考える。

『このたびは、自分のせいで、多くの方たちにご心配とご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。

 自分が書いた感想文は、フォロワーに教えてもらい、書いた文章です。

 それを自分が作ったものだと偽り、そのままネットにアップしてしまいました。

 ネットの人たちに褒められるのが嬉しくて、やってしまいました。

 もう一度、いわせてください。

 このたびは、申し訳ありませんでした』

 こんな、感じかな……。

 どきどきで、心臓が爆発しそうだった。

 それでも、この文章をネットにあげなければ、気がすまなかった。

 どうにかして、この場を乗り越えなくてはならないと、思ったんだ。

 トン、とポストを自分のアカウントにアップする。

 すると、一気に、ポストされたものがリポストされていく。

 あっというまに、ズラッと、リプライもついていく。

『よかった。気づいてよかった』

『これ、自分で考えた文章? いい文章だ!』

『フォロワーに頼らなくても、いい謝罪文書けるじゃん!』

 あ、そうか……。

 おれ、久しぶりに誰かに頼らずに、何かを作ったかも。

 ……やれば、できるんだ。

 その時、ノアから聞いた感想文を思い出した。

『この主人公は、失敗するのを怖がっていると思う。

 自分も、失敗は怖いけれど……。

 ……

 何もしないでいるよりは、何かをしたほうがいいという言葉を信じて、走りだしたいと思いはじめている。

 このままずっと、何もしないまま、変わらずにいつづける自分を想像しただけで、ゾッとするほどには。

 それに気づいたとき、自分のことながら嬉しくなった。

 この物語の主人公に、今の自分の気持ちを教えたい。

 彼が、この気持ちを教えてくれたのだから』

 ■

「今回のBABELでの炎上、無事に鎮火したようです」

「そっか。よかった」

「なかなか、炎上事件がなくならないですね。安心・安全なBABELへの道のりは、まだまだ遠いようです」

「まあ、そう焦るなって」

 バベルが、部屋のテーブルで、カフェオレをいれてくれている。

 今日のおやつは、バターサンドクッキー。

 甘いかおりが、疲れた脳に刺激を与えてくれる。

「ひとつが解決したんなら、小休憩くらいしろよ。まだみつかってないんだろ。バベルハートの犯人」

 BABELのユーザーさんに、不正にバベルハートを配っていたもの。

 サーバーに勝手に侵入し、安心安全なBABELの世界を荒らすもの。

「ええ……なんとしても突き止めますよ。どこにいても、何をしていても」

「そうだな。エポがそういうんなら、そうなるよ。なんていったって、お前はおれの契約者なんだからな」

 そういって、バターサンドクッキーのお皿をわたしに差し出してくれる、バベル。

 受け取ったバターサンドクッキーは、今までで一番、おとなな味がした。
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