復讐は溺愛の始まり 〜一途な御曹司は愛しい彼女を逃がさない〜
 (まさかあの夜のことを覚えてないよね……?あの時の私だって気づいてないよね……?)

 事故とは言えかなりの媚薬を飲んでいたし、意識も朦朧としていて何も覚えていないかもしれない。それに私の名前だってきっと今はすっかり忘れて──…


 冷や汗をかきながら視線を上げると、彼は特に何の感情も見せず、目を伏せて黒のエグゼグティブチェアに腰掛けた。

 「君のデスクだが、俺の第二秘書の柚葉さんの隣に用意してある。必要なものがあれば彼女になんでも聞いてくれ。君の仕事内容だが、基本的に俺が出席する会議や通訳が必要になる会合には全て付き添ってもらう。それと翻訳が必要になる会議用の資料などの作成を全て行ってくれ」

 彼は機械的にテキパキと私に仕事の内容などを告げる。そんな彼を見て少し複雑な、でもホッとしたような気分になる。


 (やっぱり私のことなんて、覚えてないよね……。それかあれはただのワンナイトとしてさっさと忘れてしまったのかも……)

 こんなイケメンだ。あんな事なんて彼にとってそんなに珍しいことじゃないのかもしれない。


 「かしこまりました。よろしくお願いします」

 私も事務的に彼に深々と頭を下げた。

 
 「橘花さん、では早速秘書課に案内しますね」

 「はい。ありがとうございます。それでは失礼いたします」

 柚葉さんと一緒に一礼するとドアへと歩き出した。でも突き刺さるような彼の視線を背中に感じ、思わず肩越しに彼を振り返った。

 彼はデスクに座ったまま、全てを見透かすような鋭い視線で私をじっと見つめている。その瞳に、あの夜を思い出して思わず身震いをした。肌が一気に粟立ってくる。

 私は慌てて前を向くと、彼の視線から逃れるように急いで柚葉さんの後を追った。
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