嘘つきと疫病神
互いにその気持を伝えようとはせず、表に出すこともない。今では大分距離が縮まった二人だが、それより一歩前進することはないままだった。
二人は互いに今の関係性を壊したくないと思っているのか、はたまた単に己の気持ちを口にできないだけなのか。
どちらにせよ紬を見る江波方の視線の優しさから、彼女に対する想いは嘘ではないだろう。
「後悔してからでは遅いから後悔しないように足掻くのに、結局最後に残るのは後悔だけ。人間ってものは本当に愚かなものだ」
「でも、それが人間として生きる良いところなんじゃないですかね。多少欠けている部分がある方が、人生を歩む上で考えることが多くなる。全てが上手くいくより、一度失敗を経て成功を掴み取るほうが喜びは増えると俺は思いますよ」
そう言って立ち上がった仁武は、教室の入口で手招きしていた小瀧の元へと行ってしまった。
残された二人の間には長い沈黙が流れ始める。何か言わなくてはと頭を回転させるが、上手く掛けられる言葉が思いつかない。
思いついたのは、彼の背中を押せるかどうかも怪しい曖昧な言葉だった。
「まだ、間に合うんじゃないでしょうか」
自身の弟との気持ちのすれ違いで生まれてしまった最悪の結末。もし二人の想いが互いに届いたならば、洸希が友里恵や町の人々を殺すことも自殺することもなかったかもしれない。
けれど彼らが迎えたのはその最悪の結末だった。
後悔しないように生きるのは簡単なことではない、そう分かっていても後悔したくないと考えてしまう。誰だって不幸になることは望まない。人間は自分が理解できない出来事と、孤独に恐怖する生き物なのだから。
「迎えに行ってあげてください。江波方さんの素直な気持ちを伝えたら、案外すんなりと受け止めてくれるかも知れませんよ」
「そうかな」
「そうですよ。何事も伝えてみないと伝わるものも伝わりませんから」
蕗の真っ直ぐとした言葉に江波方はふっと目を細めた。心底嬉しそうに微笑む彼に、神は幸せを与えてくれるだろうか。
彼の気持ちが変わる前に、互いの想いに気付けるようにと願うばかりだ。
「なら、蕗ちゃんも伝えるんだよ」
「えっ?」
一体何を伝えろというのか、江波方は頑なに語ろうとはしない。
皆、自分よりも大人なのだ。さほど変わらない年月を生きているはずの仁武がそうであるように、江波方もまた蕗の知らないことを多く知っている。
大人になりたいと願ったり、なりたくないと願ったり、そうやって自分は何度も考えを変えていたが、結局自分は子供でも大人でもなかったのだ。身体だけが大きくなってしまった、ただの無知。それが今の蕗だったのかもしれない。
「江波方さん、手当します」
救急箱を持って教室に入ってきた紬は、暗い表情を浮かべて江波方の前に膝を折る。
ここまで逃げている途中でできた江波方の頬の切り傷を見て紬は顔を顰める。自分にできた傷ではないのに自分のことのように傷つくのは、彼女の彼に対する想いからだろう。
消毒液を含んだ綿を傷口に押し当てると、微かに江波方の表情が歪んだ。その度に紬の胸もぎゅっと締め付けられる。
手当が終わるまで二人は一言も言葉を交わすことはなかった。それでも、隣で見ていた蕗が居心地が悪いと思うことはないのだから不思議なものである。
「終わりましたよ」
「ありがとうざいます」
ようやく話し出したかと思えばそんな堅苦しい言葉を交わすだけで、それから再び二人の間には沈黙が流れた。
二人は互いに今の関係性を壊したくないと思っているのか、はたまた単に己の気持ちを口にできないだけなのか。
どちらにせよ紬を見る江波方の視線の優しさから、彼女に対する想いは嘘ではないだろう。
「後悔してからでは遅いから後悔しないように足掻くのに、結局最後に残るのは後悔だけ。人間ってものは本当に愚かなものだ」
「でも、それが人間として生きる良いところなんじゃないですかね。多少欠けている部分がある方が、人生を歩む上で考えることが多くなる。全てが上手くいくより、一度失敗を経て成功を掴み取るほうが喜びは増えると俺は思いますよ」
そう言って立ち上がった仁武は、教室の入口で手招きしていた小瀧の元へと行ってしまった。
残された二人の間には長い沈黙が流れ始める。何か言わなくてはと頭を回転させるが、上手く掛けられる言葉が思いつかない。
思いついたのは、彼の背中を押せるかどうかも怪しい曖昧な言葉だった。
「まだ、間に合うんじゃないでしょうか」
自身の弟との気持ちのすれ違いで生まれてしまった最悪の結末。もし二人の想いが互いに届いたならば、洸希が友里恵や町の人々を殺すことも自殺することもなかったかもしれない。
けれど彼らが迎えたのはその最悪の結末だった。
後悔しないように生きるのは簡単なことではない、そう分かっていても後悔したくないと考えてしまう。誰だって不幸になることは望まない。人間は自分が理解できない出来事と、孤独に恐怖する生き物なのだから。
「迎えに行ってあげてください。江波方さんの素直な気持ちを伝えたら、案外すんなりと受け止めてくれるかも知れませんよ」
「そうかな」
「そうですよ。何事も伝えてみないと伝わるものも伝わりませんから」
蕗の真っ直ぐとした言葉に江波方はふっと目を細めた。心底嬉しそうに微笑む彼に、神は幸せを与えてくれるだろうか。
彼の気持ちが変わる前に、互いの想いに気付けるようにと願うばかりだ。
「なら、蕗ちゃんも伝えるんだよ」
「えっ?」
一体何を伝えろというのか、江波方は頑なに語ろうとはしない。
皆、自分よりも大人なのだ。さほど変わらない年月を生きているはずの仁武がそうであるように、江波方もまた蕗の知らないことを多く知っている。
大人になりたいと願ったり、なりたくないと願ったり、そうやって自分は何度も考えを変えていたが、結局自分は子供でも大人でもなかったのだ。身体だけが大きくなってしまった、ただの無知。それが今の蕗だったのかもしれない。
「江波方さん、手当します」
救急箱を持って教室に入ってきた紬は、暗い表情を浮かべて江波方の前に膝を折る。
ここまで逃げている途中でできた江波方の頬の切り傷を見て紬は顔を顰める。自分にできた傷ではないのに自分のことのように傷つくのは、彼女の彼に対する想いからだろう。
消毒液を含んだ綿を傷口に押し当てると、微かに江波方の表情が歪んだ。その度に紬の胸もぎゅっと締め付けられる。
手当が終わるまで二人は一言も言葉を交わすことはなかった。それでも、隣で見ていた蕗が居心地が悪いと思うことはないのだから不思議なものである。
「終わりましたよ」
「ありがとうざいます」
ようやく話し出したかと思えばそんな堅苦しい言葉を交わすだけで、それから再び二人の間には沈黙が流れた。