野いちご源氏物語 〇五 若紫(わかむらさき)
 年が明けて源氏(げんじ)(きみ)十八歳の春。
 流行(はや)(やまい)にかかった源氏の君は、いろいろなお祈りを試してごらんになったけれど、残念ながらご回復の(きざ)しがない。何度も発作(ほっさ)が起こる。
北山(きたやま)のお寺に有名な山伏(やまぶし)がおります。病気を治す力があって、去年も流行り病の患者(かんじゃ)大勢(おおぜい)救ったそうでございます。こじらせてしまわれては大変ですから、すぐにその者をお呼びになって、お祈りさせてみてはいかがでしょう」
 こんなことを申し上げる人がいた。さっそくその山伏をお呼びになったけれど、
「年老いておりますので、(いおり)から出ることができません」
 と断りの返事が来た。
「仕方がない。こちらからこっそり出向こう」
 源氏の君は親しい四、五人だけの家来をお(とも)に連れて、まだ明るくなる前にお出かけになった。

 お寺は少し山奥に入ったところにあった。
 (みやこ)ではすでに桜の(さか)りを過ぎているけれど、山の桜はちょうど見ごろ。そこへ(かすみ)幻想(げんそう)的にかかっている。窮屈(きゅうくつ)なご身分(がら)、景色が楽しめるような遠出(とおで)は初めてでいらっしゃる。めずらしくて感動なさる。
 お寺も風情(ふぜい)のあるありがたい雰囲気(ふんいき)だった。そこからさらに山を登った岩穴(いわあな)の庵に、目当ての山伏は住んでいるらしい。
 源氏の君はお名前を明かさず、わざと中流貴族のような格好をなさっていたけれど、それで(かく)しきれるお美しさではない。山伏は客の正体に気づいてしまった。
「これはこれは、先日お呼びくださった源氏の君でいらっしゃいますね。わざわざお越しいただくとは恐れ多いことでございます。これだけ年を取りますと、もはや考えるのは来世(らいせ)のことばかりで、病気回復のお祈りなどうまくできますかどうか」
 驚いて謙遜(けんそん)しながらも、源氏の君のお美しさに思わず微笑(ほほえ)む。いかにも頼りがいのありそうな山伏だった。おまじないの薬を作ってお祈りをしているうちに日が高くなった。
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