訳アリママですが、敏腕パイロットに息子ごと深愛を注がれています。

プロローグ



 あの夜のことは未だに忘れられない。
 今でも時折思い出すけれど、夢だったんじゃないだろうかと錯覚しそうになる。


「あまりじっと見ないで……」
「どうして? こんなに綺麗なのに」


 自分でも知らなかった自分を暴かれていくようで、少しだけ怖くもあった。
 ぎゅっと目を瞑っていると、額に優しく口付けが落とされる。


「嫌ならやめる。今ならやめてあげられる」
「……っ」


 泣きそうになりながらふるふると首を横に振ると、彼はふっと笑みをこぼしていた。
 優しく頬を撫で、ちゅ、ちゅ、と全身に口付けが降り注ぐ。それを享受するだけで必死だった。


「もう止まれないから」
「…………あ、」


 指で、舌で、優しく甘く時に激しくなぞられる。
 二人の吐息が混ざり合い、重なって溶け合う。

 遠目から見ているだけだった憧れの人とこうしているなんて、初めて会った時は思いもよらなかった。
 一夜限りの関係でもいい、遊ばれただけでも構わない。
 それでも今は、今だけはこの夢のようなひとときに浸っていたい。

 ――あなたが好き。

 奥を突かれる度に何度も思った。あられも無い喘ぎ声と共に何度叫びたくなったかわからない。
 だけど必死でその二文字だけは封印した。

 彼が自分のことなんて好きになるはずがないのだから。


「……かわいい、陽鞠(ひまり)
「っ、永翔(えいと)さ……んっ」


 名前を呼ぶ前に唇を塞がれる。
 何度しても唇がとろけそうになる。

 今でも忘れ去ることはできない。
 後にも先にも、心から愛した人はただ一人だった。


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