遣らずの雨 上
宮川さんの視線もこちらに向けられ
気まずいほど感じるし、どう返事を
したらいいのだろう‥‥


「す、少しでしたら今‥大丈夫です。
 電話は出られるか分かりませんし‥」


ここの方が変なことを聞かれずに
済みそうだし、2人きりではないから
気持ちがラクな気がした。


電話だと顔が見えなくても
逃げられそうになかったから。


『フッ‥‥分かった。
 それじゃあ隣の会議室に行こう。』


えっ?


私が渡したファイルとノートパソコンを
手に立ち上がる酒向さんが、歩き
始めてしまい、オドオドしながらも
着いていくしかなく、部署に隣接された
会議室に入った。


結局これだと場所が違うだけで、
2人きりなのは変わりないじゃないか‥


『座って。』


「酒向さん‥‥やっぱり私は‥」


『新名』


「‥‥‥はい。」


椅子を引かれた場所が酒向さんの隣で、
至近距離で隣同士ということに、
緊張からか、呼吸が少し苦しい。


せっかく定時で頑張ったのにな‥‥


渡したファイルに真剣に目を通す
綺麗な横顔をチラッと見つつも、
静まり返った空間にただただ黙って
座っているしか出来ないでいる


『うん‥これでいってもいいと思う。
 荒木部長にあげておくよ。』


「はぁ‥良かったです。
 ありがとうございます。では私は‥」


『ここからは面談。
 今困ってることや、部署を変わりたい
 とか仕事面において何か意見は
 ある?』


立ち上がることすらさせてもらえず
続けられた話に、まさに今が困って
いると伝えたい‥‥‥


ガラス張りの会議室は、フロアからの
視線も気になるし、宮川さんもまだ
残ってるのが見える


仕事の話とは分かっていても、
酒向さんと2人きりになるのだけは
避けたかった。


「特に何もないです。
 本当にすいません‥‥用事に
 間に合わなくなるのでもう帰っても
 いいでしょうか?」


今日は頭の中がぐるぐる回っていて
早く1人になりたいとしか考えられない



『それじゃあ聞くが、俺を避けている
 理由は何かある?あからさま過ぎて
 流石に見過ごせない。
 何かしてしまったなら聞きたい。』


酒向さん‥‥‥


コンコン


ガチャ


『酒向君、先に帰るわ。
 何かあったら電話して?』


『ああ‥‥お疲れ様です。』

「お疲れ様です‥‥」


まさかのタイミングで、宮川さんが
顔を出し、心臓が一気に速くなる。


付き合ってるならこっちに居られる
時くらい一緒に帰りたかっただろうに、
私との話なんてしていていいの?
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