資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
私には、この国以外の言葉も理解できている――自分すら気づかないほど、自然に。
「エナの記憶かしら」
「だが、俺を含め、人の名前やその人と一緒に過ごした記憶はないのだろう? 矛盾している……が、そもそも中身が変わるという、もっと大きく根本的な謎があるからな。そうじゃないとは言い切れないが……正直、俺はしっくりこないな」
ユーリの言うことも一理以上ある。
確かに、外国語だけ分かるというのも変だけど、そもそも私がここにいること自体がもっと変すぎるから、絶対に違うとは言えない。
「もしかしたら、あのエナもそうだったのかもしれない。料理が好きだったり、武術ができたり。だが、俺はよく知らなくて……知ろうともしていなかった。失礼で最低な話だが、興味がなかったんだ」
「エナは……あなたを知りたかったかもしれないわ。きっと……」
「よせ」
『今度再会したら、きっとお互いに変わる』
言わなくてはいけないことを遮られて、私はほっとしているんだ。
(最低なのは、ユーリじゃない。それを正直に言えない私だ)
「何度も言った。俺が知りたいのも、愛しているのもお前だと。たとえ姿が同じでも、中身が変わっては愛せない。どんなに最低で、罪だったとしても」
「……ユーリ」
「お前自身の技能ということはないのか。この世界のことを、どこかで見聞きしていたとか」
「この世界のことは何も。あなたが私の世界の存在すら知りようがないように、私も何も知らなかった。何か新しいことを学ぶことは好きだけど、これといって役に立つようなことは……」
――何も、なかった……?
「違うな」
夫婦――恋人としての甘さに加えて、まるでノアくんに諭すみたいな優しさもその眼差しにある気がして、すごく恥ずかしい。
でも、ユーリの言うとおりだ。
「……学んだことは、無駄になってない。おかげで、めちゃくちゃだとしても、ここに馴染めたと思う」
「そういうことだ」
ユーリが納得したのが、「めちゃくちゃ」な部分だけだったとしても、その笑顔で帳消しになるくらい彼のことが好きだ。
ユーリを見上げて、もう諦めるしかないくらい、この気持ちはもうどうしようもない。
「でも、やっぱり、まったく読めない文字もあるわ」
「それもそうだろう。この城の書庫は、それこそ異次元に繋がっているのではと言われるほどだ。他国の書物も多い。俺が学ぶべきでもあるが……そういう意味では、ノアの方が向いているな」
褒められて喜ぶノアくんの額を突きながら、頬の筋肉が緩みきったユーリを見て、私もニヤニヤしてしまう。
それがユーリにバレて、軽く睨まれた気配を感じて話題を戻した。
「今の私に、どれだけ読めるのかしら……えっと……」
これと、これ……は、同じ言語だろうか。
それすら理解できないまま、とりあえずユーリの視線から逃げる為に数えていく。
(1、2……)
そういえば、元の世界での私は、いくつ勉強したんだったっけ。
英語はもちろん、現代日本では必須科目で。
海外ドラマや映画好きが高じて、勉強したこともあったな。
残念ながら、道を聞かれた時くらいしか実践できなかったけど――……。
(……ま、まさか……)
「……この世界と、私のスキルはリンクしてる……? 」
謎すぎるけど、同じだった。
私が勉強して、多少なりとも読み書きできるレベルの言語の数と、今ここで読めそうな言語の数。
もしかして、お菓子作りとか編み物とかは、それそのものがこの世界に存在しているから気がつかなかっただけで、実際はすべて元々いた世界の私のスキルは引っ張ってきている――。
「なるほど。そういうことでしたか」
当の私が「なるほど」とは全然思えないのに、その人物はそれで分かったとばかりに頷いている。
「……エイン」
「ごめんなさい。盗み聞きをしていました。愛する人のことですから、どうしても気になって」
これほど、「ごめんなさい」が似合わない笑顔は他にもないだろう。
そう断言できる可愛らしい笑みを浮かべて、エインがこちらへ近づいてくる。
ほぼ最初から、すべて聞かれていたのだ――そう確信するしかない登場の仕方。
それだけでも十分、絶望し得るのに。
「悪いが、俺もだ。だが、弟君ほど、俺は今見聞きしたことを飲み込めていない。……説明しろ」
レックス。
一人でも煙に巻くことは難しいのに、二人同時にバレてしまうなんて。
唇を噛む私を、ユーリが腕でそっと下がらせた。