資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました
何を試しているのか、それとも本当にただ触れたいだけなのか。
どちらにしても私が反論するべきなのはエインなのに、睨む先にいたのはユーリの方だった。
「せっかくだけど、私は結構よ」
そんなに大怪我じゃない。
命に関わるような怪我なら答えは違ったかもしれないし、これがノアくんやユーリなら断られても諦めずに治癒を頼んだだろう。
「……っ、そんなに嫌ですか? 一瞬でも触れられたくないほど、僕がそんなに嫌い? そんなに僕は……っ」
「そうじゃない。前の私なら、お願いしたかもしれない。……好きな人ができる前の私なら」
正直なところ、部屋で誰かに背中を見られるくらいなら、別に構わないとも思う。
好んで見られたいわけではないけれど、それで怪我を治してもらえるのだ。
病院に行って診てもらったのと同じだと、きっと思えたに違いない。
でも、今の私は――……。
「……兄上、ですか。そこまで初心じゃないと言いながら、理由は僕は貴女の好きな男じゃないからだと。……参ったな。ものすごく残酷だと思うのに……やっぱり、そんなことを言う貴女が好きだ」
どうしても嫌だった。
たとえユーリが許しても――いや、ユーリがエインに許そうとしたことがショックだった。
それはやっぱり、好きな人にしか触れられたくないということに他ならない。
「すまない」
だから、そこで謝られるともっと癪で。
まるでノアくんみたいに、ぷいっと顔を背けるしかできない。
「……僕はね、兄上。兄上を羨ましいと思ったことは一度もない。妬んだことはあるかもしれないけど、羨むことは何一つないと本気で思ってた。寧ろ、憐れだとすら思っていたんだ」
「……そうか」
怒ってもいいところかもしれない。
それでも、ユーリは表情を崩さずに軽く頷くだけ。
「……でも今は、兄上が死ぬほど羨ましいよ」
憎しみでいっぱいの瞳。
私には少し恐ろしくすらあったけれど、ユーリは始めて面食らったようにエインの言葉に反応して。
「そうだろうな」
今度ははっきりと広角を上げ、美しく微笑んだ。
「……ふん。せいぜい、今を楽しんでおくんだね。そのうち、まったりイチャイチャなんてする暇なくなるよ。ま、今も大してできてないんだろうけどさ。あ、そう思えば、大して羨ましくも何ともない」
「それこそ、嫉妬の負け惜しみにしか聞こえないな。……そのうち、とは? 」
ニヤリとした笑みに変わった表情を、今度は真剣なものに移して言葉の意味を問うと、エインは何を言っているんだと肩を竦めた。
「さっさと兄上が王になりなよ。それには、今のを引きずり落とさなくちゃいけないんだから、さっさと頑張って。ま……エナ様とノアの為に、少しは僕も頑張ってあげるから。たぶん、レックスも同じでしょ」
「悪いが、大いに頼るつもりだ」
言っておきながら、まさか本当に信用されるとは思ってもみなかったらしい。
エインは驚いたように目を丸めた後、想定外だというように困り顔をして。
「最後に、一つだけ。今のエナ様の本当の名前が知りたい。ダメですか……? 」
たったそれだけのことを乞われるのは、胸が痛む。
それでも私には、エインの想いに応えることはできないから。
「英菜。今の私も、同じ名前なの」
「……そう。それじゃ僕は、ずっと貴女の本名を呼んでたんですね。それは少し……嬉しいかな」
くしゃっとした無防備な笑顔に息を呑む間に、気がついたらエインに背中を抱き寄せられ、そっと抱きしめられていた。
「……っ、エイン……! 」
「これ以上はしないよ。……兄上に嫌気が差したら、いつでも僕のところに来てくださいね。絶対に、癒やしてあげますから」
温かい手がひと撫でしたのも、もちろん服の上からだ。
それでも慌てふためくユーリに呆れたように言って、私にわざとらしく付け加えると、にっこりと笑って踵を返す。
いつものエインだ。
でも、きっと無理をさせてしまったことくらい、私にも分かる。
扉の外へと出るまでのほんの短い間、その背中を見つめていた。