Thirty’s
営業所に入り、旧知の人々に挨拶しながら、所長室に向かうと、緊張の面持ちで所長が待ち構えて、唯の姿を見るや


「これはこれは・・・本日は遠路はるばる、ご足労いただきまして。」


文字通り、平身低頭で出迎える。


「白鳥です、本日はお世話になります。」


対する唯は、先ほどまでとは一転。キリッとした物腰で、応えている。もっとも、今回は唯は専務という立場は隠して、本部スタッフの現場研修という触れ込みになっているから、所長以外は彼女の正体は知らない。


今日は現場体験第一弾、営業訪問編だ。午前と午後にそれぞれ一件ずつ、実際にお客様宅を訪ねて、見積もりを出す。


営業所を出ると、俺は慣れた手つきで営業車の運転席に乗り込む。続いて唯が助手席に乗り込むと、車を静かにスタ-トさせた。


「まずは何をするの?」


唯がノートを取り出しながら尋ねる。


「何もしなくていい。」


「えっ?」


「午前中は、とにかく見てて。」


「見るだけ?」


「ああ。」


俺は前を向いたまま答える。


「営業って、お客様と話すことだけじゃない。家に着く前から始まってる。」


「・・・。」


「どんな家なんだろう。どんな家族なんだろう。引っ越しを決めた理由は何なんだろう。そういうことを考えながら向かうんだ。」


唯は黙って頷くと、慌ててメモを書き始めた。
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