Thirty’s
「なんでわかってくれないんだ。」


総一郎は、私を宥めるように、声のトーンを下げる。


「僕は君のことを大切に思ってる。幸せになって欲しいと思ってるし、出来れば、僕の手でそうしてあげたいと思ってるよ。」


「・・・。」


「でも、僕と一緒にいることが、本当に加奈にとって一番幸せなことなのかなんて、僕には決められない。」


「総一郎・・・。」


「それを決められるのは、加奈しかいないんだよ。違うか?」


そう言って、総一郎は私を見る。静かな時間が流れる。やがて、私は言う。


「私に選ばせてくれるんだ。」


「当たり前だろ、加奈の人生なんだから。」


躊躇いなく、そう言った彼の顔を改めて見る。涙が出そうになるけど、懸命にこらえる。


「優しいんだね。」


「えっ?」


「いつも私のことを考えてくれて、私の意思を尊重してくれて・・・でもね。」


ここで私はキッと彼を見た。


「優しさも度が過ぎると、ただ残酷なだけ。そんなの本当の優しさじゃないよ!」


「加奈・・・。」


私の言葉に、呆然とした表情を浮かべる総一郎。


「あなたは何も選ばない、主張もしない。それって結局、ただ逃げてるだけだよね?」


総一郎の表情が固まった。


「それって・・・ずるいよ。」


「ずるい・・・。」


「もう、いいよ。」


私は立ち上がった。


「加奈。」


「おやすみなさい。」


そう言うと、私は全てを振り切るように寝室に向かう。ドアを開け、中に入った途端、私は崩れ落ちる。


『あとはちゃんと、お互いに逃げずに正面から向き合って話をすること。結局、それ以上の解決策なんて、絶対にないんだからさ。』


由夏の言葉が甦る。


(ごめん、由夏。せっかくアドバイスしてくれたのに、私たちの距離は、話す前より、ずっと大きくなっちゃったよ・・・。)


涙があふれ出して、止まらなかった。
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