Thirty’s
それから、あっという間に退勤時間が過ぎ、二時間ほど残業すると、私は席を立った。


帰ろうとして、ふと既に空席となっている課長のデスクが目に入る。


「なんか、大変そうだねぇ。」


山本さんとの話を終えて、オフィスに戻ると、課長に声を掛けられた。


「差し出がましいことを聞いて、申し訳ないんだが、率直に言ってどうなんだい、君の正直な気持ちは?」


ちょうど昼休みで、周囲に人がいなかったとはいえ、直球の質問をされて、思わず驚くが


「正直、いろいろ戸惑いがありますが、よく考えてみたいと思ってます。」


と穏当な返事をしておく。


「私もさっき、そういう話になってるって聞いて、まぁいろいろ腑に落ちたことがあったよ。」


「と、おっしゃいますと?」


「こんなことは本当は漏らしたらいけないんだが、実は今回、君がウチに残ったのは、秘書官が大臣を通じて、強力に人事に掛け合ったからなんだよ。」


(そうだったんだ・・・。)


課長の言葉は、驚きの反面、やっぱりそうだったんだという思いを、私に抱かせた。


「それでどうなんだ?例えば、この話をお断りする選択肢は、君にありそうなのか?」


「ノ-と言う選択肢が全くないとは、私は認識してません。」


「そうか、それならいいんだが・・・。」


ここで、いったん言葉を切った課長は


「まぁ君にとっては、決して悪い話ではないと思うから、よく考えてみなさい。」


と、取って付けたように続けると、そそくさと離れて行った。


そんな光景を思い出しながら、役所を出た私に


「加奈さん!」


と声が掛かる。既に先に退勤したはずの茉莉だ。


「どうしたの?」


「やっぱりだ。」


「えっ?」


「加奈さん、最近帰る時、全然嬉しそうじゃないですよね。」


その彼女の言葉に、思わず固まってしまった私に


「ということで、ご飯、食べに行きましょう!」


不釣り合いに明るく言った茉莉が、手を引っ張って来た。
< 184 / 238 >

この作品をシェア

pagetop