Thirty’s
「君はもっと上に行ける人間だ。なのに、なんで自分から可能性を狭めるような選択をする?」


「私は別に、仕事を辞めるなんて言ってませんよ。」


「そういう意味じゃない。」


山本さんは苛立ったように私を見る。


「俺となら、もっと上を目指せる。君だって、それがわからないほど馬鹿じゃないだろう。」


「わかってます。」


「だったら、なぜ!」


「わかってます。あなたと一緒に歩んで行けば、私の仕事にとってきっとプラスになるんだろうということも。あなたと一緒なら、今よりもっと大きな仕事が出来るかもしれないことも。」


「なら、どうして・・・。」


「私には、私なりの、私に合った生き方がある。そう思ってるんです。」


「加奈・・・。」


「だから・・・ごめんなさい。」


そして、私は深々と頭を下げた。そんな私を、山本さんは少し眺めていたが


「俺はどうやら君を見損なってたな。」


ため息交じりでこう言った。


「えっ?」


「君はもう少し、仕事において野心を持ってるかと思ってたんだが。」


「見くびらないで下さい。」


「なに?」


「野心ならちゃんと持ってます。人並みに・・・ううん、人並み以上に。これでもここまで来るのに、それなりに努力したし、苦労もしたんですから。そんなの当たり前じゃないですか。でも・・・。」


「でも?」


「ひとりの人間が本当に大切に出来るものなんて、せいぜい一つくらいのものですからね。」


「クッ・・・。」


言葉に詰まったように、唇を噛んだ山本さんに


「それでは失礼します。」


もう一度、頭を下げて、私は助手席の扉を開いた。


車から降り立ち、目の前の国会議事堂の灯りにチラッと視線をやった私は


(よしっ。)


心の中で呟くと、走り出す。


一刻も早く、彼に会いたい。その思いだけが、今の私を包んでいた。
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