No Title
太陽がゆっくり西に沈んでいって、あっという間に放課後の時間は過ぎる。
結局蒼伊はしぶしぶ歌ってくれて、またわたしはセンスのないギターを披露させられた。
ギターはちっとも上手になれる気がしない。音楽の才能は私にはない。
いろんな話をした。
連絡を取ってるだけじゃ足りない、菊池蒼伊のことも、バンドのことも、たくさん知った。
わたしのしょうもない話も、楽しそうに聞いてた。
こんなに楽しそうにできるなら、教室でもあんな仏頂面で話しかけにくいオーラ出すな、って言ってやった。
『ミサキの恋バナ、聞けないわけ?』
涼子がにやにやしながら放った言葉を思い出す。
すぐに頭からかき消して、こころの中で首を振った。
隣で胡坐をかいてギターを鳴らす菊池蒼伊を見た。
この時間は、ずっとは続かない。
この人は目標を追いかけて、どんどん先に進んでいくだろう。
わたしが何も変わらない間に、きっと彼は前へ、前へ進むのだろう。
この時間が楽しかった。
夏休みになってしまうけど、夏休みが終わっても、この木曜日が続けばいいのに、って思った。
夏休みが、こんなに待ち遠しくないことない。
私が思っていたよりもずっと、蒼伊は未来を見据えている。
夢がある。目標があって、そのために努力している。未来の自分の姿が、はっきりと見えているんだろう。
だから自信も目に見えて、すごいなと思った。次元が違うなって、やっぱり思う。
いつか有名になったときに、そう言えばこんなふうに特等席で歌を聴けたこともあったな。って、思い出すくらい。
それくらいの思い出くらいに留めておかないと。
彼が遠くなってしまったときに、自分が勝手に傷ついてしまうから。