野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)
<そういえば、常陸の宮様の姫君にお手紙を書いていなかった>
夕方になってようやく、源氏の君は思い出された。
本当は朝のうちにお送りにならないといけなかったのよ。
恋人の家から夜明け前に帰った男性は、朝、昨夜のことをふり返ってやさしいお手紙を書くものなの。
ところが今回は、朝に頭中将様がいらっしゃってそのままおふたりで内裏に上がられて、しかも一日中会議でお忙しかったから……というのは言い訳ね。
姫君をお気に召していたら、源氏の君はどんなにお忙しくたって朝のお手紙をお忘れになることなんてないわ。
命婦はなかなかお手紙が届かないので待ちくたびれて、姫君がお気の毒になってしまった。
でも姫君は、朝にお手紙が届くはずということも、そもそもご存じないの。
ただひたすら昨夜のことを恥ずかしがってちぢこまっていらっしゃる。
夕方になって、雨が降りはじめた。
そこへやっと内裏の源氏の君からお手紙が届いたの。
「雨がやんだらお伺いしようと思っているのですが」
悲しいことに、源氏の君は面倒になってしまわれたのね。
ご結婚なさったという形をとるなら、二日目と三日目の夜も相手の女性の家を訪れることが必須よ。
でも、このお手紙からするといらっしゃるおつもりはないみたい。
命婦も女房たちも胸がつぶれるような思いがしたわ。
「お返事を。姫君、お返事をお書きください」
と口々に申し上げる。
姫君はちぢこまったまま。
当たり障りのない短いお返事さえお書きになれない。
<これでは夜がふけてしまう>
と、昨夜姫君になりすました女房がお返事の文章を口頭でお教えする。
姫君は仕方なく筆をおとりになった。
「あなた様をお待ちしている私を思いやってくださいませ。あなた様に私を思う気持ちはないとしても」
紫色の紙にお書きになる。
もともとは上等な紙だったけれど、使わないまましまいこんであったから、すっかり古ぼけた色になってしまっているの。
ご筆跡はご立派で、少し古めかしすぎるくらい。
書き方も今どきのやさしい感じではなくて、きっちりと改まりすぎているの。
源氏の君は、内裏でそのお手紙をお受け取りになった。
一目見るなりため息をおつきになる。
<なるほど。古風というより、単純に古臭くて融通の利かない方なのだな。今夜訪ねていく気は完全になくなってしまった。今になって後悔しても始まらないのだから、恋愛感情抜きで気にかけてさしあげることだけは続けていこう>
こう気を取り直しておられたけれど、姫君のお屋敷ではそんなことを知らない。
命婦も女房たちもひどく嘆いていたわ。
夕方になってようやく、源氏の君は思い出された。
本当は朝のうちにお送りにならないといけなかったのよ。
恋人の家から夜明け前に帰った男性は、朝、昨夜のことをふり返ってやさしいお手紙を書くものなの。
ところが今回は、朝に頭中将様がいらっしゃってそのままおふたりで内裏に上がられて、しかも一日中会議でお忙しかったから……というのは言い訳ね。
姫君をお気に召していたら、源氏の君はどんなにお忙しくたって朝のお手紙をお忘れになることなんてないわ。
命婦はなかなかお手紙が届かないので待ちくたびれて、姫君がお気の毒になってしまった。
でも姫君は、朝にお手紙が届くはずということも、そもそもご存じないの。
ただひたすら昨夜のことを恥ずかしがってちぢこまっていらっしゃる。
夕方になって、雨が降りはじめた。
そこへやっと内裏の源氏の君からお手紙が届いたの。
「雨がやんだらお伺いしようと思っているのですが」
悲しいことに、源氏の君は面倒になってしまわれたのね。
ご結婚なさったという形をとるなら、二日目と三日目の夜も相手の女性の家を訪れることが必須よ。
でも、このお手紙からするといらっしゃるおつもりはないみたい。
命婦も女房たちも胸がつぶれるような思いがしたわ。
「お返事を。姫君、お返事をお書きください」
と口々に申し上げる。
姫君はちぢこまったまま。
当たり障りのない短いお返事さえお書きになれない。
<これでは夜がふけてしまう>
と、昨夜姫君になりすました女房がお返事の文章を口頭でお教えする。
姫君は仕方なく筆をおとりになった。
「あなた様をお待ちしている私を思いやってくださいませ。あなた様に私を思う気持ちはないとしても」
紫色の紙にお書きになる。
もともとは上等な紙だったけれど、使わないまましまいこんであったから、すっかり古ぼけた色になってしまっているの。
ご筆跡はご立派で、少し古めかしすぎるくらい。
書き方も今どきのやさしい感じではなくて、きっちりと改まりすぎているの。
源氏の君は、内裏でそのお手紙をお受け取りになった。
一目見るなりため息をおつきになる。
<なるほど。古風というより、単純に古臭くて融通の利かない方なのだな。今夜訪ねていく気は完全になくなってしまった。今になって後悔しても始まらないのだから、恋愛感情抜きで気にかけてさしあげることだけは続けていこう>
こう気を取り直しておられたけれど、姫君のお屋敷ではそんなことを知らない。
命婦も女房たちもひどく嘆いていたわ。