野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)
源氏(げんじ)(きみ)は結局、夜遅くまで内裏(だいり)でお仕事をなさった。
左大臣(さだいじん)様が、婿君(むこぎみ)の源氏の君と、ご子息(しそく)頭中将(とうのちゅうじょう)様をお誘いになって、ご一緒に左大臣(さだいじん)(てい)へお帰りになったわ。
上皇(じょうこう)様の五十歳の祝賀会を若い方たちは楽しみにしていて、左大臣邸で(まい)の練習をなさったり、あれこれとお話をなさったりする。
それが祝賀会の直前まで続いたものだから、源氏の君はとくに大切な恋人のところしかお訪ねになれなかった。
常陸(ひたち)(みや)様の姫君(ひめぎみ)のところへ行くお暇など、とてもなかったの。

いよいよ祝賀会が近づいて、予行練習が行われるころ、命婦(みょうぶ)が源氏の君のところへやって来た。
源氏の君は気まずくお思いになって、
「姫君はいかがお過ごしだ。私を(うら)んでおいでだろうな」
とお尋ねになる。
命婦は泣きそうなの。
「姫君は人をお恨みになるようなご身分の方ではいらっしゃいませんが、あいかわらず心細そうにお過ごしでございます。こんなふうに姫君を一晩でお捨てになっては、お仕えしている私どもまでつらくなってしまうではありませんか」
(うった)える。

<命婦は私が姫君を気に入ることはないと分かっていたのだ。ちょっと気をもたせる程度で止めておきたかっただろうに、私は無理やり姫君と関係をもってしまった。しかもその後は放っておいているのだから、さぞかし思いやりのない男だと思っているであろうな>
と反省なさる。
姫君に対しても申し訳なくお思いになるけれど、
「そなたも知っているだろう。上皇様の祝賀会のご準備でとにかく忙しいのだ。それに姫君に、私のことで頭をいっぱいにして悩んでいただきたいのだよ」
とほほえんでおっしゃるの。
その横暴なところまで青年らしいお美しさに感じられて、怒っていた命婦も思わず見とれてしまった。
<このくらいのお年では、女性に対してわがままで思いやりがないのも当然でいらっしゃるかもしれない。さぞかしいろいろな人に恨まれておいででしょうね>
と苦笑いする。
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