野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)
やっと夜明けが近づいた。
源氏(げんじ)(きみ)は窓をご自分でお開けになって、花壇に積もった雪をご覧になる。
お庭じゅうが荒れてしまっていて、(みや)様のお屋敷だったというのに、寂しくて貧しい感じがするの。
姫君(ひめぎみ)と話もせずにお帰りになるのはためらわれて、
「こちらまでいらっしゃい。美しい空ですよ。私から離れようとばかりなさらないで」
とお声をおかけになる。
まだ薄暗いけれど、雪明かりが源氏の君のお顔を照らしているの。
老いた女房(にょうぼう)たちは、きらめくようなお若さに思わずほほえんでしまう。
姫君は一向(いっこう)に動こうとなさらない。
女房が小さな声で、
「姫君、早く出ていらっしゃいませ。源氏の君をお待たせしてはいけませんよ」
とお教えする。

姫君は素直なご性格だから、女房に言われれば出ていらっしゃったわ。
源氏の君は姫君のお姿を見たくてたまらないけれど、さすがにじろじろと見ることは失礼だと遠慮しておられる。
<明るいところでなら、少しはくつろいだご様子を見られるだろうか。そうだとよいのだが>
と期待して、お庭の方を向いたまま横目でちらりとご覧になったわ。
こういうときの期待って、たいてい外れるのよね。

姫君のご容姿は、当時の美の基準からはかけ離れたものだった。
源氏の君に言わせればいろいろな欠点があるけれど、あまりあれこれ申し上げるのも気が引けるからひとつだけお伝えすると、なぜか鼻の頭が赤くなっていらっしゃる。
あとは服装ね。
姫君のご趣味が古風すぎるのよ。
とくに黒い毛皮なんて、どれだけ立派なものでもふつうの若い姫君が羽織るものではないわ。
<しかし、この毛皮を脱いだら寒くてたまらないのだろうな。それに昨日の夕方(のぞ)()したところでは、この家に新しい着物をつくるような余裕はなさそうだった>
と、姫君の貧相な体つきをお気の毒にご覧になる。
服装の他には仕草も今ひとつなの。
たとえば、口元を着物の(そで)で隠すとき、ひじを上げてしまわれるのよね。
まるで内裏(だいり)の儀式で男性貴族がひじを張って歩いているときみたい。
不自然で堅苦しい見た目なのに、口元は源氏の君のご冗談で笑っていらっしゃるから余計に怖いの。

源氏の君はこれ以上姫君の近くにいたくなくて、急いでお帰りになろうとする。
女房を通じて姫君に、
後見(こうけん)する方もいらっしゃらないようですので、私がお世話をいたしましょう。これだけ深い仲になったのですから、どうぞお心を開いてください」
とお声をかけていかれる。
姫君は、
「うふふ」
とお笑いになっただけで、お返事はなさりそうにもない。
源氏の君はそのままお帰りになった。

姫君の見た目はさんざんだったけれど、ひとつだけすぐれたところがおありになったの。
それは美しい黒髪。
とても長くて、後ろ姿だけ拝見すれば、源氏の君の美しい恋人たちにも負けないくらいだったわ。
これはきちんと書いておかなければね。
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