野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)
源氏(げんじ)(きみ)をお育てした乳母(めのと)は何人かいて、それぞれ自分自身の子どもがいるの。
その子どもたちのなかに、内裏(だいり)女官(にょかん)として働いている人がいた。
大輔(たいふ)命婦(みょうぶ)」と呼ばれている。
乳母の子ということで源氏の君は気を許していらっしゃって、たまに御用をお命じになることもあるわ。
大輔の命婦は男好きなところがある女性だから、源氏の君は余計に親しみを感じていらっしゃるのね。

その命婦が、何かのついでにこんな世間話を申し上げた。
「私の父は亡き常陸(ひたち)(みや)様の遠い親戚で、父と私は一時期、宮様のお屋敷に住まわせていただいておりました。私は今は女官として内裏暮らしでございますが、お休みをいただいたときには宮様のお屋敷にしばらく下がっております。
その宮様のお屋敷に、姫君(ひめぎみ)がお一人で心細そうにお暮らしなのでございますよ。お父宮(ちちみや)がお年を召してからお生まれになった姫君で、とてもかわいがっていらっしゃいましたのに」
源氏の君はもちろんご興味を引かれた。
命婦は続ける。
「ご身分の高い姫君でいらっしゃいますから、私もご性格やご容姿はよく存じません。ただ、お(こと)のなかでも古風な(きん)をお弾きになるような、いかにも由緒正しい宮家(みやけ)の姫君でいらっしゃいますよ」
源氏の君はさっそく、
「私にその(きん)()を聞かせてほしい。お父宮は楽器の演奏がお得意であられた。姫君もお上手でいらっしゃるだろう」
とおっしゃる。

「源氏の君にお聞かせするほどではございませんでしょう」
とお答えしながらも、命婦は気を引くようなことをあれこれと申し上げる。
「ひどくその気にさせるではないか。最近の月は春らしい朧月(おぼろづき)で、人目(ひとめ)(しの)んで女性のところへ行くにはぴったりだ。そなたはしばらく内裏の休みをいただいて、宮様のお屋敷に下がっておれ。私が参ったときに、(きん)()をお聞かせいただけるよう工夫するのだ」
とお命じになる。
命婦は、
<面倒なことになってしまった>
と思ったけれど、内裏の仕事が忙しくないころに宮様のお屋敷に下がったわ。
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