野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)
 今夜はそれぞれ恋人を訪ねる予定があったけれど、ここでお別れになるのは物足りない。源氏(げんじ)(きみ)の乗り物で一緒に左大臣(さだいじん)(てい)へ向かわれる。
 月が雲に少し(かく)れて風情(ふぜい)のある夜だった。横笛(よこぶえ)を合奏しながら進み、左大臣邸が近づいたあたりで一旦(いったん)おやめになる。こっそりお屋敷に入っていつもの立派な格好に着替えると、いかにも今帰ったように合奏を再開なさった。
 音楽好きの左大臣(さだいじん)はいそいそとお出ましになった。お得意の高麗(こま)(ぶえ)をとても魅力(みりょく)的にお吹きになる。(こと)は女房たちに弾かせなさった。
 しかし琵琶(びわ)が得意な女房(にょうぼう)は、今夜は弾く気にならない。物に寄りかかってぼんやりとしている。この人は実は源氏の君の恋人、と言いたいところだけれど、女房の立場だから恋人とは言えない。源氏の君が左大臣邸にお越しになったときの、ちょっとした遊び相手だった。
 左大臣のご正妻(せいさい)、つまり源氏の君の奥様の母君(ははぎみ)は、この秘密の関係にご立腹(りっぷく)でいらっしゃる。よりによって姫君付きの女房が、大切な婿君(むこぎみ)色目(いろめ)を使うなんて許しがたい。
 女房は肩身(かたみ)(せま)くて悩んでいた。
<いっそここで働くのをやめて、源氏の君がお越しにならないようなお屋敷で(やと)っていただこうかしら>
 とも思うけれど、そうすれば完全に(えん)が切れてしまう。それも心細くて(さび)しかった。

 源氏の君と頭中将は常陸(ひたち)(みや)の姫君のことをお考えになっていた。早くも頭中将は期待に胸をふくらませていらっしゃる。
<お気の毒に荒れはてたお屋敷だった。どんな姫君がお暮らしなのだろう。美しくて可憐(かれん)な人だとよいが。もしお会いできて、期待どおりの人だったら、世間から笑われるほど夢中になってしまうだろうな。しかし源氏の君がこれほど入れこんでいらっしゃるなら、私の勝ち目はないだろうか。いやいや、まだ分からぬ>
 と対抗(たいこう)(しん)を燃やされる。
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