あやめお嬢様はガンコ者
「あの、久瀬くん」

電車に乗ると、私は久瀬くんに話しかけた。

「いいんですか?会話をしても」
「はい。久瀬くんがストーカーと勘違いされてはいけませんし。それで、あの……」
「何ですか?駅に着いたらもうここで大丈夫、とかはナシですよ」
「え、ど、どうして分かったの?」

久瀬くんが私を見て口元を緩める。

「俺、あやめさんの考えてることだいぶ分かってきました」
「そうなの?」
「はい。でもまだまだ知らない一面があるのかな?それも気になりますけど」

その時電車が大きく揺れ、ドア付近に立っていた私の方に周りの乗客が傾いてきた。
すると久瀬くんが私を囲うようにドアに両手をついてかばってくれる。

「大丈夫ですか?あやめさん」
「はい、ありがとうございます」

顔を上げてお礼を言うと、ピタリと久瀬くんに身体をくっつけているのに気づいて一気に緊張した。
細身だと思っていた久瀬くんの胸にすっぽりと収まった私は、急に久瀬くんの男らしさを感じて後ずさる。
そのタイミングでまたしてもガタンと電車が揺れた。
よろめきつつ必死に足を踏ん張っていると、久瀬くんが右腕を伸ばして私の腰に回し、グッと抱き寄せた。

「危ないから、このままじっとしててください」
「は、はい」

耳元でささやかれ、もはや恥ずかしさのあまり顔も上げられない。
身を固くしたままなんとか堪え、最寄駅に着くとホッとして電車から降りた。
ドッと乗客がホームに溢れ出て、そのまま押し流されそうになる。

「あやめさん、こっち」

久瀬くんの声がしてグイッと右手を引かれた。
そのまま手を繋いでホームを進み、階段を上がると、改札の前でようやく久瀬くんは私の手を離した。

(はあ、色々近くて心拍数が上がりっぱなし)

息を整えながら改札を通ると、久瀬くんを振り返る。

「あの、もうここで大丈夫ですから」
「それはナシって言ったの、忘れました?」
「でも私、これからスーパーに寄って買い物しなければいけないので」
「それなら俺もつき合いますよ」
「ええ!?いえ、そこまでご迷惑をおかけする訳にはまいりません」
「じゃあ実家に帰ってくれますか?」

うっ……と言葉に詰まると、久瀬くんはまた歩き出す。

「あやめさん?一人で歩けないなら手を引きましょうか?」
「いえ!結構です」

私は慌てて駅前のスーパーへと向かった。
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