あやめお嬢様はガンコ者
「じゃあ、あやめさん。私はここで。ご馳走になってしまってすみません」
「ううん、素敵なレストランに連れて行ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね、由香里ちゃん」
「はい、あやめさんも。また月曜日に会社で。おやすみなさい」

食事を終えて駅に着くと、改札を入ったところで由香里ちゃんと別れた。
電車は比較的空いていて、ホッとしながら乗り込む。

そう言えば、一人で電車に揺られるのは随分久しぶりだ。
これまでずっと一緒に通勤していた久瀬くんは、満員電車の中でいつも私をかばってくれていた。
男性とおつき合いしたこともなければ、あんなふうに身体を密着させたこともない私は、毎日電車の中でドキドキしていた。

送り迎えを辞退したのは、もちろん久瀬くんにこれ以上迷惑をかけない為だ。
けれど本音を言うと、久瀬くんと一緒にいることを必要以上に意識してしまい、このままではいけないと思ったのも理由の一つだった。
簡単には納得してくれない久瀬くんに、なんとかして送り迎えをやめてもらおうと、プライベートの時間を大事にしたいと話した。
久瀬くんは自分が迷惑なのだと思い込んでしまったようで申し訳なかったけれど、それで引き下がってくれるならと敢えて否定しないでおいた。

久瀬くんには、久瀬くんの生活を大切にして欲しい。
私の送り迎えなんてしていては、それこそ久瀬くんのプライベートの時間がなくなってしまう。
恋人とデートを楽しみ、いつか幸せな結婚をして欲しい。
私は心からそう願っていた。

由香里ちゃんも、久瀬くんも、私とは違う世界の人。
どうか自由を謳歌して欲しい。
私は私で、やるべきことを全うするだけ。
ふたば製薬の創始者の孫として、現社長の娘として、そしてこれからはグローバルライセンス部の部長として。
私にしか出来ないことを、私らしくがんばっていこう。

心の中で改めて決意すると、最寄駅に着いた電車を降りた。
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