あやめお嬢様はガンコ者
(もうすぐ22時か。スーパーは閉まっちゃうし、今夜はこのまま帰ろう)
改札を出ると、私はそのまま真っ直ぐマンションに向かって歩き出した。
久瀬くんがいないせいか、それともいつもより遅い時間のせいなのか。
大通りを歩いているのに、なぜだかふと心細くなった。
肩に掛けたバッグの持ち手をギュッと両手で掴み、足早に大通りを抜けると曲がり角を曲がる。
マンションが見えてきてホッとした。
あとは直進するだけだ。
と、その時。
いきなり細い路地から誰かが飛び出してきたと思った瞬間、大きな手でグッと口を塞がれた。
驚きと恐怖で身体が硬直する。
後ろから腕を回され、そのままズルズルと路地に引きずり込まれた。
(なに、誰?怖い!)
一気に涙が込み上げてくる。
息苦しくて身をよじっても、もう片方の手で私の身体はグッと押さえつけられていた。
「やっと一人のところを捕まえられましたよ、お嬢さん」
耳元で低い男の声がして、私は息を呑む。
身体中にヒヤリとした寒気が走った。
「なーんか忠犬みたいに、若い兄ちゃんがいつもまとわりついてましたよね。今日はどうしたんですか?あのワンちゃん」
何を言っているの?
久瀬くんと私をいつも尾行していたってこと?
「ま、いいや。ようやくチャンスが巡ってきたってことで。さてと、おとなしく言うことを聞いてもらいましょうか。小泉あやめさん」
ハッと私は目を見開く。
私の名前を知っている?
一体、誰なの?
振り返ろうとすると、男は更に私を押さえる手に力を込めた。
「おっと、俺のことはお気になさらず。大した肩書きもありませんよ。でもあなたは違いますよね?ふたば製薬の社長令嬢さん」
わなわなと身体が震える。
どうしてそんなことまで知っているのか?
「俺の素性は明かせませんから、さっさと用件だけ言いますね。会社の重要な書類をこっちにください。取り敢えず今ある物でいいですよ」
そう言うと私の口を塞いでいた手を緩めた。
「大声は出さないでくださいね。お嬢様の顔に傷でもついたら大変でしょ?俺も手荒な真似はしたくないんで」
どうすればいいのだろう。
逃げ出したくても、力では敵いそうもない。
誰かが通りかかってくれればいいが、この細い路地は滅多に人は通らない。
必死に頭の中で考えているうちに、男が荒々しく私の顎を掴んできた。
「早くしてくださいよ。それとも顔面殴られてカバンも奪われて、俺に逃げられちゃってもいいですか?」
私は悔しさにグッと唇を噛みしめる。
ここは時間稼ぎをした方がいい。
そう思い、ゆっくりと肩に掛けていたバッグを下ろした。
「そうそう。そん中になんかあるんでしょ?一番大事なやつくださいよ」
今、このバッグの中に重要な書類はない。
盗難に備えて、普段から持ち歩かないようにしているからだ。
けれどそう言ったところで、この男があっさり引き下がるとは思えない。
なんとか時間を稼いで逃げる隙をうかがおう。
私はバッグのポケットを探り、USBメモリを取り出した。
男はすぐさま私の手からそれを奪う。
「これ、中身なんですか?」
実は空っぽなのだが、上手くごまかさなくてはいけない。
「……海外支社のマーケティング戦略に関する報告書よ」
カラカラに乾いた喉で、なんとか声を振り絞る。
「ふうん。それが本当なら証明してください」
「どうやって」
「それ、そのノートパソコン使って」
背後の男が、私のバッグの中を覗き込んで言う。
確かにノートパソコンは持っているが、それを使えばUSBメモリが空であることがバレてしまう。
どうしよう、どうすれば……。
「はーやーくー。それともなんですか?嘘でもついてるとか?」
「違います」
考えがまとまらないまま、私はゆっくりとバッグの中に手を入れる。
ノートパソコンに手をやった時、ふいにバッグの中がほのかに明るくなった。
すぐ横に入っているスマートフォンにメッセージが届いたと分かり、さりげなく目を落とす。
ポップアップに『無事に帰宅されましたか?』と表示されていた。
(久瀬くん!)
涙で目が潤む。
(久瀬くん、助けて!)
今すぐ電話をかけてそう言いたい。
どうして私は、久瀬くんの言葉を軽くあしらってきたのだろう。
ずっと久瀬くんは、こういう状況を心配してくれていたのに。
もう会えないのだろうか。
そう思った途端、久瀬くんに会いたくてたまらなくなった。
電車の中でギュッと守ってくれたあの腕の中に戻りたい。
「あやめさん」とまた笑いかけて欲しい。
もう一度だけでも、久瀬くんに会いたい。
改札を出ると、私はそのまま真っ直ぐマンションに向かって歩き出した。
久瀬くんがいないせいか、それともいつもより遅い時間のせいなのか。
大通りを歩いているのに、なぜだかふと心細くなった。
肩に掛けたバッグの持ち手をギュッと両手で掴み、足早に大通りを抜けると曲がり角を曲がる。
マンションが見えてきてホッとした。
あとは直進するだけだ。
と、その時。
いきなり細い路地から誰かが飛び出してきたと思った瞬間、大きな手でグッと口を塞がれた。
驚きと恐怖で身体が硬直する。
後ろから腕を回され、そのままズルズルと路地に引きずり込まれた。
(なに、誰?怖い!)
一気に涙が込み上げてくる。
息苦しくて身をよじっても、もう片方の手で私の身体はグッと押さえつけられていた。
「やっと一人のところを捕まえられましたよ、お嬢さん」
耳元で低い男の声がして、私は息を呑む。
身体中にヒヤリとした寒気が走った。
「なーんか忠犬みたいに、若い兄ちゃんがいつもまとわりついてましたよね。今日はどうしたんですか?あのワンちゃん」
何を言っているの?
久瀬くんと私をいつも尾行していたってこと?
「ま、いいや。ようやくチャンスが巡ってきたってことで。さてと、おとなしく言うことを聞いてもらいましょうか。小泉あやめさん」
ハッと私は目を見開く。
私の名前を知っている?
一体、誰なの?
振り返ろうとすると、男は更に私を押さえる手に力を込めた。
「おっと、俺のことはお気になさらず。大した肩書きもありませんよ。でもあなたは違いますよね?ふたば製薬の社長令嬢さん」
わなわなと身体が震える。
どうしてそんなことまで知っているのか?
「俺の素性は明かせませんから、さっさと用件だけ言いますね。会社の重要な書類をこっちにください。取り敢えず今ある物でいいですよ」
そう言うと私の口を塞いでいた手を緩めた。
「大声は出さないでくださいね。お嬢様の顔に傷でもついたら大変でしょ?俺も手荒な真似はしたくないんで」
どうすればいいのだろう。
逃げ出したくても、力では敵いそうもない。
誰かが通りかかってくれればいいが、この細い路地は滅多に人は通らない。
必死に頭の中で考えているうちに、男が荒々しく私の顎を掴んできた。
「早くしてくださいよ。それとも顔面殴られてカバンも奪われて、俺に逃げられちゃってもいいですか?」
私は悔しさにグッと唇を噛みしめる。
ここは時間稼ぎをした方がいい。
そう思い、ゆっくりと肩に掛けていたバッグを下ろした。
「そうそう。そん中になんかあるんでしょ?一番大事なやつくださいよ」
今、このバッグの中に重要な書類はない。
盗難に備えて、普段から持ち歩かないようにしているからだ。
けれどそう言ったところで、この男があっさり引き下がるとは思えない。
なんとか時間を稼いで逃げる隙をうかがおう。
私はバッグのポケットを探り、USBメモリを取り出した。
男はすぐさま私の手からそれを奪う。
「これ、中身なんですか?」
実は空っぽなのだが、上手くごまかさなくてはいけない。
「……海外支社のマーケティング戦略に関する報告書よ」
カラカラに乾いた喉で、なんとか声を振り絞る。
「ふうん。それが本当なら証明してください」
「どうやって」
「それ、そのノートパソコン使って」
背後の男が、私のバッグの中を覗き込んで言う。
確かにノートパソコンは持っているが、それを使えばUSBメモリが空であることがバレてしまう。
どうしよう、どうすれば……。
「はーやーくー。それともなんですか?嘘でもついてるとか?」
「違います」
考えがまとまらないまま、私はゆっくりとバッグの中に手を入れる。
ノートパソコンに手をやった時、ふいにバッグの中がほのかに明るくなった。
すぐ横に入っているスマートフォンにメッセージが届いたと分かり、さりげなく目を落とす。
ポップアップに『無事に帰宅されましたか?』と表示されていた。
(久瀬くん!)
涙で目が潤む。
(久瀬くん、助けて!)
今すぐ電話をかけてそう言いたい。
どうして私は、久瀬くんの言葉を軽くあしらってきたのだろう。
ずっと久瀬くんは、こういう状況を心配してくれていたのに。
もう会えないのだろうか。
そう思った途端、久瀬くんに会いたくてたまらなくなった。
電車の中でギュッと守ってくれたあの腕の中に戻りたい。
「あやめさん」とまた笑いかけて欲しい。
もう一度だけでも、久瀬くんに会いたい。