あやめお嬢様はガンコ者
所属する営業部の部長から「社長の娘さんとのお見合いを考えてくれないか?」と言われた時、にわかには信じがたかった。
あやめさんと?と口走りそうになり、慌てて口をつぐんでから、気持ちを落ち着かせて聞いてみた。
「どうして私のような者が、社長のご令嬢とお見合いを?」
すると部長は、社長が近々新たにグローバルマーケティング部を立ち上げる意向であること、その新部長に誰が相応しいかと聞かれた部長が、俺の名前を挙げたことを教えてくれた。
「どうして私がそんな重要なポジションに?」と、俺は更に部長に疑問を投げかけた。
「久瀬くんは、営業成績もトップで英語も堪能だろ?コミュニケーション能力にも長けているし、明るく人柄もいい。それに海外支社への転勤も視野に入れると、若い世代の方が身軽に動けると思ってね。ただやはり周囲からは、まだ若い君がなぜ?と疑問視する声も上がってくるかもしれない。それを懸念した社長が、娘とお見合いして欲しいとおっしゃったんだよ」
いやいや、ますます分かりません、と俺は困惑した。
「つまり君が社長令嬢と結婚すれば、ある程度は周囲を納得させられるだろう。そこから先は君の実力で認めてもらえるはずだ、とね。まあ、そんな理屈はちょっと無理があるんじゃないかと思うけど、社長は娘さんに早くお嫁に行って欲しいそうでな。こじつけてでもお見合いをさせたいらしい」
「それなら尚更、自分には恐れ多いです。部長のポジションも、社長令嬢とのお見合いも」
「そう言わないでさー、頼むよ。もう社長は乗り気なんだ。俺の面目を保つ為にも、な?取り敢えず一回は会ってみてくれないか?」
会ってみても何も、相手はあやめさんのはず。
それにお見合いすれば、俺にあやめさんの素性を知られることになるが、いいのだろうか?
社長と部長がそうおっしゃってるのなら大丈夫なのだろうけど、あやめさん自身は?
「私なんか、お相手のご令嬢に断られるのが目に見えてます」
「それならそれでも構わないからさ。まずは一度会うだけでも。な?それとも、恋人に知られて怒られるとか?」
「いえ、今は誰ともおつき合いしていませんが」
今は、と言うより俺はそもそも束縛されるのが嫌で、敢えて彼女を作らないようにしている。
「そうか。だったら頼むよ、な?」
そうやって部長に拝み倒された俺は、仕方なく頷いた。
恐らくあやめさんの方から、会わないと断られるだろうと思いながら。
(でも本当に現れるとは……。驚いた)
お見合いの日取りが決まっても、きっとドタキャンされると思い込んでいた。
事前に断るのはハードルが高い。
それなら、当日体調が悪くなったと言って部屋にこもればいいのだ。
きっとあやめさんはそのつもりなのだろう。
俺は決められた場所に行きさえすれば、部長の顔を立てられる。
そう思い、深く考えもせずに向かった料亭に、艶やかな振袖姿のあやめさんが現れ、俺は驚きのあまり言葉を失った。
(どういうつもりだ?あやめさんは、一体なぜここに?)
動揺を隠しつつ社長達と食事をし、ようやく二人きりになったところであやめさんに話を切り出され、安堵する。
(やっぱりそうだよな。あやめさんはこのお見合いをなかったことにするつもりなんだ。うん、そりゃそうだ)
だが、まだその方法は考えあぐねているらしい。
俺が同じ職場の同僚だということで、これまでのお見合いと同じようには断れないのだろう。
(というか、あやめさん、6回もお見合いしてきたんだ。相手はやっぱり、御曹司とかか?)
なぜだかふとそこが引っかかった。
(庶民の俺なんかが想像もつかない世界なんだろうな。あんなにも美しい振袖姿のあやめさんなら、相手の社長子息とかも惚れ込むに違いない。どうやって断ってきたんだろう?もしかしてあやめさん、誰か好きな人がいるとか?)
一度思いつくと、恐らくそうだろうと思えてくる。
(つき合ってる人がいるとは聞いたことないけど、そんなの分からんよな。恋人ではなくても、心に秘めた人がいるとか?うん、そっちの方が想像つく)
だからあやめさんはこれまでも、頑なにお見合いを断ってきたのかもしれない。
それなら自分も協力しよう。
社長と部長を納得させられるような流れで、どうにかお見合いを白紙に戻す方法は?
俺はタクシーの窓から外の景色を眺めながら、あれこれと考えを巡らせていた。
あやめさんと?と口走りそうになり、慌てて口をつぐんでから、気持ちを落ち着かせて聞いてみた。
「どうして私のような者が、社長のご令嬢とお見合いを?」
すると部長は、社長が近々新たにグローバルマーケティング部を立ち上げる意向であること、その新部長に誰が相応しいかと聞かれた部長が、俺の名前を挙げたことを教えてくれた。
「どうして私がそんな重要なポジションに?」と、俺は更に部長に疑問を投げかけた。
「久瀬くんは、営業成績もトップで英語も堪能だろ?コミュニケーション能力にも長けているし、明るく人柄もいい。それに海外支社への転勤も視野に入れると、若い世代の方が身軽に動けると思ってね。ただやはり周囲からは、まだ若い君がなぜ?と疑問視する声も上がってくるかもしれない。それを懸念した社長が、娘とお見合いして欲しいとおっしゃったんだよ」
いやいや、ますます分かりません、と俺は困惑した。
「つまり君が社長令嬢と結婚すれば、ある程度は周囲を納得させられるだろう。そこから先は君の実力で認めてもらえるはずだ、とね。まあ、そんな理屈はちょっと無理があるんじゃないかと思うけど、社長は娘さんに早くお嫁に行って欲しいそうでな。こじつけてでもお見合いをさせたいらしい」
「それなら尚更、自分には恐れ多いです。部長のポジションも、社長令嬢とのお見合いも」
「そう言わないでさー、頼むよ。もう社長は乗り気なんだ。俺の面目を保つ為にも、な?取り敢えず一回は会ってみてくれないか?」
会ってみても何も、相手はあやめさんのはず。
それにお見合いすれば、俺にあやめさんの素性を知られることになるが、いいのだろうか?
社長と部長がそうおっしゃってるのなら大丈夫なのだろうけど、あやめさん自身は?
「私なんか、お相手のご令嬢に断られるのが目に見えてます」
「それならそれでも構わないからさ。まずは一度会うだけでも。な?それとも、恋人に知られて怒られるとか?」
「いえ、今は誰ともおつき合いしていませんが」
今は、と言うより俺はそもそも束縛されるのが嫌で、敢えて彼女を作らないようにしている。
「そうか。だったら頼むよ、な?」
そうやって部長に拝み倒された俺は、仕方なく頷いた。
恐らくあやめさんの方から、会わないと断られるだろうと思いながら。
(でも本当に現れるとは……。驚いた)
お見合いの日取りが決まっても、きっとドタキャンされると思い込んでいた。
事前に断るのはハードルが高い。
それなら、当日体調が悪くなったと言って部屋にこもればいいのだ。
きっとあやめさんはそのつもりなのだろう。
俺は決められた場所に行きさえすれば、部長の顔を立てられる。
そう思い、深く考えもせずに向かった料亭に、艶やかな振袖姿のあやめさんが現れ、俺は驚きのあまり言葉を失った。
(どういうつもりだ?あやめさんは、一体なぜここに?)
動揺を隠しつつ社長達と食事をし、ようやく二人きりになったところであやめさんに話を切り出され、安堵する。
(やっぱりそうだよな。あやめさんはこのお見合いをなかったことにするつもりなんだ。うん、そりゃそうだ)
だが、まだその方法は考えあぐねているらしい。
俺が同じ職場の同僚だということで、これまでのお見合いと同じようには断れないのだろう。
(というか、あやめさん、6回もお見合いしてきたんだ。相手はやっぱり、御曹司とかか?)
なぜだかふとそこが引っかかった。
(庶民の俺なんかが想像もつかない世界なんだろうな。あんなにも美しい振袖姿のあやめさんなら、相手の社長子息とかも惚れ込むに違いない。どうやって断ってきたんだろう?もしかしてあやめさん、誰か好きな人がいるとか?)
一度思いつくと、恐らくそうだろうと思えてくる。
(つき合ってる人がいるとは聞いたことないけど、そんなの分からんよな。恋人ではなくても、心に秘めた人がいるとか?うん、そっちの方が想像つく)
だからあやめさんはこれまでも、頑なにお見合いを断ってきたのかもしれない。
それなら自分も協力しよう。
社長と部長を納得させられるような流れで、どうにかお見合いを白紙に戻す方法は?
俺はタクシーの窓から外の景色を眺めながら、あれこれと考えを巡らせていた。