苦くも柔い恋
相変わらず何を考えているか分からない。
無理矢理押し倒されたあの日以来、千晃が触れてくる事はない。
向かい合って食事をしてぽつぽつと会話をして帰るだけ、滞在時間が延びた今も似たようなものだ。
この時間に何の意味があるのか分からない。
以前より会話は増えたとは思うがそこに笑顔がある訳でもないし、楽しそうとも思えない。
しかも今し方自分で女なんて面倒だと言っておきながら関係を終わらせる気も無いと。
もう一体全体、訳がわからない。
「…お風呂入ってくる」
なんだか食欲が失せて半分程残った弁当をキッチンに置いて洗面所へと向かった。
バスタオルと部屋着を用意して服を脱げば、以前はあばらが浮きかけた程に痩せていた体はすっかり元通りになっていた。
せっかく取り戻した平穏をまた壊されそうで怖くなる。
あれだけのことがあってまだ何年も好きでいられるほど強くはない。
それに今は仕事とプライベートが充実していて、異性とどうこうなりたいとかそういう願望も無ければ、正直未だに苦手意識すらある。
この先また誰かに恋をする日がくるかもしれないが、少なくとも今和奏にその気は全く無い。
仮に今後そういう人ができたとしてもきっと、千晃にも美琴にも伝える事はないだろう。
節約も兼ねて湯煎は張らない派なのでシャワーのみで風呂を済ませ、さっと服に袖を通してドライヤーを持って部屋へ戻った。