苦くも柔い恋
「今から帰りか?丁度俺も出るし送っていくぞ」
「いいんですか?じゃあ家近くのコンビニまでお願いします」
香坂の好意に甘え、和奏は車で自宅の近くにあるコンビニへ下ろしてもらった。
お礼を伝え、そのコンビニで軽めの夕食を買い込みアイスを片手に数分の帰路についた。
きっとこれが"普通"なのだろうと、和奏は息を吐きながらそう思った。
誰も自分を知らない土地で一から信頼を築き上げ、和奏自身を見て認めてもらえている。
いつだって他者からの和奏の認識は"美琴の妹"だったけれど、今はもうそれも無い。
新しく出来た友人も気の合ういい子ばかりだったし、忙しい職場ではあるけれど同僚に恵まれよくしてもらっている。
いっそここで相手を見つけて結婚でもしてこの地に居着いてしまおうかな、などと安易な考えをしながら自宅マンションが見えてきたので鍵を取り出そうと鞄に手を入れた。
その時だった。
「和奏」
遠くの記憶が蘇る。
何年経とうと忘れることのないその声を聞いた瞬間、心臓がドクリと嫌な音を立てて跳ねた。
夜道でよく見えなかった前にいた人影が、街灯の下に立って明るみになった。
そして目にしたその顔に、絶望に近いものを感じた。