苦くも柔い恋
小さな声で呟くように言ったからか酔っ払いの桜の耳には届かなかったようで、顔を寄せてきた。
「ううん。社会人だし、やっぱり学生の頃のようにはいかないんだなって思ってね」
「そうだよね!あ〜大学の頃に戻りたい〜!」
そう嘆く桜に、他のメンバーが毎回それ言ってるねと笑いに変える。
桜の話を聞き、つい連想してしまったのは千晃の顔だった。
和奏には普通の恋人が分からない。
どれほどの頻度で会ってデートをするのが普通なのか、喧嘩した時はどうやって仲直りをするのかも。
だって千晃とは、何ひとつ出来なかったから。
時計を見れば21時、いつもならば家に着いている時間はとっくに過ぎている。
今頃、彼はこっちに来ているのだろうか。
——知らない。私には関係ない
どうしているのか気になってしまう思考を振り払い、何度も自分にそう言い聞かせた。
それを繰り返しているうちに時間は経ち、22時を迎えたところで一次会がお開きになった。
「和奏、二次会あるって!行こうよ〜」
ほろ酔いで気分の上がった桜の腕が絡み、勿論と返そうとした。
…けれど、どうしても頭を過ぎるそれが気になって仕方がなかった。